鞄を部屋に置き、リビングに行くと、今年もまた、前より沢山届いたチョコレート山に埋もれて、まつりがぼんやりしていた。
「おかえりー」
チョコレートを仕分けしながら言われて、ああ、うん、と曖昧に返事をする。
既にこんなに沢山もらっているのを間近で見てしまうと、ちょっと、渡すのが悔しくなる。
「愛しの人には渡せたの?」
まつりにお菓子の作り方を聞いてる際に、そう説明したのもあって、聞かれる。ぼくは、やはり曖昧に笑った。
返事をしないぼくに興味がないのか、まつりは再び背を向けて『安全そう』なチョコレートを選んでいた。
その間に、ぼくは鞄から、ゆっくり、例のお菓子を取り出す。もう3つ、もらったのががさがさ出てきて、あわててて突っ込む。
まつりは、ふと、気付いたようにこちらを見て、今年の夏々都はモテモテだねー、と言った。……お前に言われるとなんか悔しい。
だが、せっかくできた機会だ。渡すなら今しかない。
「ついにモテ期ですか! 良かったね」
「まつり、あの、聞いて」「ん?」
箱を開けるのをやめて、首を傾げるまつりに、ぼくは袋を差し出した。
「これ……」
「んん? 渡せなかったの? それとも、もらったの? それが、どうかした?」
まつりは、なおも、不思議そうに袋を見つめる。
ぼくはムッとして、強めに言った。
「お前にだよ! ……その、うまく、できたかわかんないけど……ずっと、練習、したから……」
「ななと?」
まつりは、何を言われてるんだろう、という、きょとんとした顔になる。
まさか自分宛てだとは、想定外だったらしい。
「……だから、いつも、お世話になってるし……まつりに、喜んで……欲しかっ──」
最後まで言えなかった。
胸がいっぱいになって、よくわからないけれど、苦しくて、愛おしくて、切なくて──緊張する。
なんだか顔が見られなくて、袋を握りしめたまま、つい部屋を出ようとしたら、まつりが口を開いた。
「──もしかして、最初から、まつりに、あげるために、頑張ってくれてたの?」
恐る恐る、確認するように。ぼくは、ゆっくり、小さく頷く。
瞬間。
……飛びかかられた。ギャッ、と変な悲鳴があがる。なんとか、床に投げられたクッションの上に着地した。
「……いきなり、飛びかかってくるな!」
「ななとー」
ペロペロと、犬かなにかのように、頬を舐めてくる。ぼくは、身をよじらせて、反抗しながら、落ち着けよ、と言った。
「えへへ。ななとが、いい子に育ってくれて、幸せです」
「……はいはい」
「もったいないから、最初の一個は、夏々都が食べなよ」
「えっ──」
まつりは箱から出したチョコレートを、ぼくの口に押し込んで、にっこり笑う。幸せそうに。
いや、でも最初の一個どころか、全部、まつりのために作ったのに。ちょっと複雑な気分になっていると、腰から引き寄せられた。
「な、なんだよ……」
意地悪そうな瞳と、目が合う。
「さあ、ちょーだい! 夏々都ごと食べたい。濃厚な愛情をください」
……ふざけるな、ばか、と思ったけれど、すぐに、まあ、今日くらいはいいかと思った。
ぼくらは恋人でもなんでもないけれど、でも、どこまでも、遠くて、近くて、離れられない。
-END-