髪結い



「以蔵、ちょっといい?」

襖が突然開いたと思ったら紘が入ってきた。
いやに楽しそうでなんだか嫌な予感しかしない。

「ねえ以蔵、お願いなんだけど」

「…なんだ」

「髪、梳かしてもいい?」

「……は?」

全く意味がわからない。男の髪なんぞ梳かして何が楽しいんだ。

「…なんでだ」

「武市さんも龍馬さんも慎ちゃんも梳かしたからあとは以蔵だけなの!」

なんだその収集癖は。
やっぱり、ダメ?としょんぼりする紘に見兼ねて俺はそっぽを向く。

「以ぞっ…」

「好きにしろ」

そういうと意味を察したのかありがとうと弾んだ声が聞こえた。
すぐに結っていた紐が解かれて、髪が梳かされる。
以蔵の髪は固めだねーだの前からだと短く見えるけどやっぱり長いよねーだのと後ろから聞こえる。
…静かに梳かすことは出来ないのか。

「はいっ出来た!どう?以蔵」

だいたいこいつはいつも五月蝿い。大人しく人の言うことは聞きはしないわ危機管理意識は薄いわ。毎回みんなに迷惑かけても学ばない。

「おーい以蔵ー」

先生はこいつに甘いし龍馬も甘いし慎太は懐いているしで向かうところ敵なしで、誰かしら厳しくしてやらないと命が幾つあっても足りないに決まっている。

「ねえ以蔵ってば!」

「うわあああっ」

はたと意識を戻せば目の前に紘がいて俺は豪快にのけ反る。と、紘も驚いたように後ろにのけ反った。
きゃっ…と言う小さな悲鳴。紘の後ろを見れば卓があって、そのまま倒れれば紘の頭は間違いなく卓に激突する。
咄嗟に固く目をつぶった紘の方に俺は手を伸ばした。



「っ…」

畳を滑り、なんとかぶつかる前に紘の体を抱え込んだ。が、そのままバランスを崩し前のめりに倒れ、頭ぎりぎりの所に卓はあった。
なんとか間に合った…か…
俺がほっとして息を吐くと。腕の中から以蔵っと聞こえた。
腕の中を覗くと。
真っ赤になって固まったままの紘。
こういう女らしい顔も出来るのか、と無意識に手を頬に滑らせていた。
刀を握り続けてゴツゴツとした俺の手に吸い付いてくるような柔らかい肌。同じ人間であるはずなのにまるで違う生き物のようだ。

「…紘」

親指で唇をなぞれば固まったままだった紘が我に返ったのかぐいぐい俺を押し返す。
腕の中から抜け出して、以蔵の馬鹿っと言いながら真っ赤な顔で部屋を飛び出して行った。
後に残されたのはあいつが持って来た櫛だけで、その櫛を取りに来るまで知らないふりをするか、届けに行ってやるか櫛を眺めながら頭を悩ませた。










髪結い



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