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先輩の手作り料理食べて二人でケーキ食べて、まるで恋人みたいなのにそんな雰囲気はまるでない。
言い出せる雰囲気もなかった。
そんな楽しかった日はあっという間に過ぎ俺も世間の荒波にのまれ始める。就活だ。
なんだかんだでテニスが忘れられない俺はスポーツ用品の会社を受けてはいたけれどやっぱり上手くは行かない。
リクスーを着て今日も手応えのなかった面接会場を後にしていると携帯が震えた。出版社に就職した先輩やった。
「もしもし」
「あ、財前くん?元気?」
「まーぼちぼちです」
先輩の電話から聞こえてくる社会人っぽいやり取り、まだ会社の中なのかガヤガヤと色んな声が飛び交っていた。
「今日、暇?」
「このあとなら用事ありませんけど」
「ほな家来ん?ご飯ご馳走するで」
「あー…じゃあ、お言葉に甘えて」
7時に来てなと言う先輩に返事をして電話を切る。先輩に会うのは久しぶりだった。俺は就活で、先輩は社会人一年で忙しくなかなか会う時間が取れなかった。まして家に行くのは二回目で先輩の内定祝い以来だ。
また何かあったんだろうか、疲れた頭で考えても何も浮かばず、俺はとりあえず家路を急いだ。
帰ってシャワーを浴びて着替えて先輩の家へと向かった。チャイムを鳴らすと久しぶりの先輩が笑顔で迎え入れる。少し大人っぽくなった気がする、それと少し痩せただろうか。そう思ったけれど何となく口に出すのは憚られてお邪魔しますとだけ言って入った。
「就活大変?」
食事の片付けを手伝っていると先輩が心配そうに聞いた。はぁまぁと曖昧な答えを返せば困ったように笑う。何となく弱音は吐きたくなくて顔を背けた。
「これ、頑張っとる財前くんにご褒美」
ぴとっと冷たい何かが頬に触れて振り向けば先輩が白玉善哉を持って笑っていた。
食べ、とスプーンと一緒に俺に持たせ、ぐいぐい背中を押してリビングまで戻された。
俺が一口食べれば美味しい?と先輩が聞いた。頷いてまた一口食べると花みたいに笑う。そして冷蔵庫からチューハイを持ってきて今日はお姉さんが何でも聞いたると笑った。優しさが疲れた心に沁みて、うっかり泣きたくなった。
目が覚めると目の前に先輩の顔があってびっくりした。慌てて起きると頭が痛くて、酔い潰れて雑魚寝してしまったのだと悟った。目を覚ました先輩が寝ぼけ眼を擦りながらおはよ、と照れたように笑った時、ああこの人が好きだなと何度目かわからない実感をした。
無事就職出来た俺は日々仕事仕事で慣れない環境に戸惑っていた。そんな折、先輩にご飯食べに来ないかと誘われ疲れた体を引きずって会いに行った。付き合っているのかと錯覚しそうになるが相変わらず俺と先輩はただの先輩後輩だった。
社会人二年目の先輩は去年よりも少し余裕そうだ。
「先輩、ちょお散歩しません?」
「ん?ええよ」
アルコールと疲れでふわふわする体を引きずって夜道を歩く。風はまだ冷たくて桜の花びらが目の前を秒速5センチメートルで落ちていく。
薄暗い電灯に照らされた小さな公園のブランコに座ってたわいもない話を交わした。
「なあ月城先輩」
「なん?」
「俺ら、そろそろ付き合いません?」
ブランコを近付けて鎖を掴んでいたその手を上から包む。
付き合ってるって錯覚するほどの仲、先輩も少なからず俺のこと好きやて思ってくれてるんやないかと思った。違ったらえらい恥ずかしいけど。
冷静さを装った俺の内心は心臓が爆発するんじゃないかって程早くて先輩の返事をただ待った。
「あ…」
「先輩、俺先輩のことが好きや」
「財前くん」
「中学ん時からずっと好きやった」
戸惑ったように瞳を揺らして俯いた彼女に俺は言いくるめるみたいに言葉を尽くす。先輩の気持ちを読み違えていたらどないしよ、そんな思いが思考を奪う。
「財前くん、私、なんとも思ってへん男の子家に呼ばへんよ」
「それって、」
「私も、好きや」
はにかんだように先輩が笑ったのとブランコが激しい音を立てたのはほぼ同時やったと思う。気付けば俺も先輩も立ち上がってて先輩を腕の中に閉じ込めていた。
「財前く、」
「光や」
「え」
「光て、言うて…紘さん」
「光…くん」
遠慮がちに俺の名を呼んだ彼女を更に力を込めて抱きしめたら、彼女の手がぎこちなく背中に回った。
「好きや、」
「私も好」
最後まで言わせないでその唇を奪う。
俺の5年間の片思いはドラマチックでも何でもなく、ただ静かに終わりを告げた。
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