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過去と現在を混同し始めていた俺を余所に彼女は静かに立ち上がる。机一つ分後ろに座っていた俺の方へ歩いてくる。それは単純に俺の後ろにドアがあるからと言うだけのことで俺に気付いたわけではなかった。
気付くだろうか、覚えているだろうか、俺を。
ただ黙って視線を送り続けた。ふと彼女の目がこちらへ動く。絡んだのは一瞬で、ぱちくりと一度瞬きをした後他人行儀に会釈をして俺の横を通り過ぎた。
忘れられているのかわからなかったのか。少なくとも意識しているのは俺だけだと言う真実。一方通行の想いだと言う現実。わかってはいたのにいざ目の前に出されるとうなだれたくなった。
彼女が来る頻度が減ったのは秋から冬に変わる頃だった。
たまに来てもその手には沢山の勉強道具。本に見向きもせずに着席し、教科書と睨めっこしていた。
そう、彼女は一年先輩で、受験生だった。
一度は増えた会話も交わしていた毎回の挨拶も夢か幻のようにあっさりと掻き消えた。
彼女は真剣に教科書を開き、ペンを走らせる。あの本を見詰める幸せそうな眼差しは鳴りを潜めた。
それから数ヶ月、季節はまた春へと変わろうとしていた。卒業式も彼女を見付けその後ろ姿を見詰めていただけだった。
小説やなんかだったらここで彼女がずっと好きやったって告白してくれたりとか俺が告白して頷いてくれたりとかするんだろうが残念なことにそんな夢のような出来事は起こるはずもなく、接点も何もないまま彼女はあっさりと中学を卒業した。
少し話したことのある図書委員が彼女の進路を知ることもなく、どこの高校に進学したかはわからなかった。
そして街中でバッタリ会うなんてこともなく中学、高校と進み大学へ合格。何事もないまま一年を過ぎ二年目の春、俺は彼女を見付けた。
正直な話彼女のことなんて頭の片隅にもなかった。すっかり忘れていた。
なのにこんなにも簡単に気持ちは蘇った。鮮やかに。
思わずため息をついて後ろ姿を見送る。
彼女にどうにか接近したいと思ってもどう近付けばいいかわからない。覚えてますか?なんて話し掛けたところで彼女だって困るだろう。
俺は途方に暮れるしかなかった。
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