※全員成人済みの設定です。
飲み会。
大人になったらやってみたかったこととしてきっと誰もが思い浮かぶことだろう。
成人して直ぐ後。まだ自分がどのくらいまで飲めるかなんて分からない頃に、俺達は集まった。
高校の時からの腐れ縁で卒業して道が別々になった今もプライベートで絡む連中で、何の気兼ねもなく飲めるだろうって。
まぁ結局はなんだかんだ理由をつけて騒ぎたいだけなんだろうね。今回の理由は、気兼ねなく、と、俺がようやく飲めるようになったから。
別に律儀に守らなくても良かったんだけどさ。 なんか癪だったから。友人に流されて未成年なのに飲酒って………
「………にしても」
言葉を発して周囲を見渡す。
因みに、此処は俺の大嫌いで大嫌いな霧端の家。もう、大嫌いしか言ってないけどそれが事実なんだもん。しょうがないじゃん。
「にしても、なんやねん」
耳に残る梓の声が聞こえて己が発した言葉から全くずれてしまった思考をグルリと元に戻す。俺が周囲を見渡して思ったコトそれは、
「メンバー、奇妙」
「奇妙てwwwwwww」
「まぁ、あながち否定しないけどな」
「ていうかできないんでしょ?」
「……できたら逆にビックリ」
「ええやん、たまには!」
此処にいるのは霧端、梓、紘、そして俺。
何時ものメンバーと言えばそうだが、特に仲が良かった覚えは無いんだけど。あれかな、梓が適当に集めたのかな。絶対そうだよ。そうとしか思えない。
「ま、そんなん気にせーへんでパァーッと楽しもうや!!」
「ここに来る前に買ってきたのもあるしね。はい、如月先輩」
「…………呼び方、変わってないんだ」
「なんか慣れちゃってさ」
「俺、なんかつまみ作ってくるよ」
「頼んだぁ!」
霧端が台所に消えたのを確認すると、ソレを見計らったかのように梓がビールの缶を開けて俺の前に置いた。
おそらくこのメンバーの中で一番常識人である霧端がいない間に俺に沢山飲ませてみようとかそういうことなのだろう。俺が酔ったらどうなるか興味あるとか紘も前に言ってたし。梓も………まぁ、見たら分かるし………
「…………………………乗ってあげるけどさ」
「何か言った?」
「……別に」
「ほなレー君ぐーーっといってやっw」
「そうだね。……ほら、遠慮しないで」
「……はぁ……」
一口。軽く口に含む。ビール独特の苦みのある味が口いっぱいに広がり、風味が鼻に抜ける。それをゆっくりと嚥下すると、先ほど匂いが抜けた鼻の奥がまるで泣く前のように熱を帯びる。ビールが通過していった後の喉も徐々に徐々に熱を帯びて何処か心地良い。
「……は、ぁ」
息を、はく。僅かに熱を含んだ俺に横にいた二人が少し驚いた様子で顔を見合わせる。そうしてもう一度俺の方を見て梓が口を開く。
「なん……自分そないに弱いん……?」
「は?」
「いや、なんか今にも酔いそうな感じだからさ」
「意識、凄くハッキリしてるんだけど」
「あり?」
俺の勘違いか、と梓が笑い出すが紘はどうやら納得のいかない様子だ。
「でぇ、どうや?初めてのご感想はw」
「梓先輩が言うとなんか卑猥だよな」
「どういうこっちゃwwwwww」
「美味しかった」
「ちょwwwこの流れでいうんかいwwww」
この人は、飲まなくてもテンション高いな。
そんなどうでも良いことを思いつつももう一度ビールに口をつける。
今度は先ほどのような一口ではなく、ごくごくと普通のお茶を飲むようにして飲んだ。
喉が熱い。体の芯からほかほかとしてくる。アルコールの力って偉大……
「おおっ、えぇ飲みっぷりやん!ほな俺らも開けよぉや」
「そうだね」
二人の会話が聞こえた直ぐ後にプシュッと音が聞こえてきた。俺はやらないけれど二人は“かんぱーい”なんて言って缶を合わせて。
ゴク、ゴク、
そんな効果音が俺を包んでいる気がする。
二人が楽しそうに談笑している間も何時もどうり軽く相づちを挟む程度で、淡々と目の前にあるビールを飲んでいった。二人とも談笑に夢中になっているのか、それとも単純に俺が早く酔うのを待っているのか、止める様子は全くない。そんな感じの時間が続き、漸く霧端が戻ってきた。
「なんか調子に乗って色々作ってみた」
そういった霧端の手には色んな酒のつまみが乗った数種類の皿。器用にも頭の上にまで乗せて、どこの漫画だって思わず突っ込みそうになった。作ってきたのが美味しそうだから許すけど。
「ほら、霧端も飲みぃ。ほんで色々喋ってまえ!」
「あはは……」
「梓先輩、変に絡んじゃ駄目だろ。酔ってるの?」
「酔ってへんわ」
「質悪いな」
「ほんと。如月先輩ご愁傷様」
霧端が戻ってきた事によって余計にその場が盛り上がる。楽しそうだな、なんて他人事のようにその場を眺める。
ゴク
喉を、熱い液体がとおる。いや、液体そのものはビールなのだから熱くはないんだけど、何故かそう感じてしまう。ふぅ、と息をはいて先ほど霧端が持ってきたつまみを口の中に入れた。これ、鴇也が好きな味だ……
「そういや、恋人とはどうなん」
不意に聞こえた、梓の言葉。
「いやぁー、何時もどうりかな。」
「ツンデレだもんね、鴇也」
「あぁ、でも最近デレが増えたかも。仕事忙しくて暫くまともに話せなかったときとかに抱きついてきたり」
「寂しがりなんやなぁ、かわええやん」
「だろ?」
「普通に惚気だよねもう」
ゴク……
こんどはやけに音が大きく感じられた。
高校の頃から俺の大好きで大切で愛おしい鴇也は、今や俺の大嫌いな霧端の物。あの可愛い笑顔も、声も、仕草も、表情も、全部、全部、全部…………霧端の物……
……何で……こんな風になってしまったのだろう。あの頃、誰よりも俺に懐いてくれていることは自負していた。特別な、俺にだけの顔もたくさんあったのに。どうして?
ゴクッ
喉が熱い。鼻の奥が目の奥が熱くなって、なんだか風邪を引いたみたい。熱を帯びて、思考が暴走する。らしくないぐらいに熱に侵される。
あぁ、あの時に。霧端が卒業する前に。どうして告白しなかったのだろう。あの時ならきっと、まだ鴇也の心は俺のものだったのに。
どうして……どう、して……
「そういや、レー君3年の時に鴇也にフラれたんやて?」
梓の声が記憶を鮮明に思い出させる。
そうだ。あの時に、確かに俺はフラれたんだ。霧端が好きだからって……少し離れて好きだって気づいたって……俺じゃ、駄目だって……
「…霧端がいたから…」
「………?」
「霧端がいたせいでっ」
ふらりと立ち上がって、霧端の方へ向く。何かを察したのか紘が俺の腕を掴んだが、力の限りソレを振り払った。
力が強すぎたのか紘は少し蹌踉けて、机で手を打ったらしい。
「なんで、霧端なの」
「ちょっ……紅樹…ッ…?」
「なんで、なんで、なんでなんでなんで!!!」
「!?あかんッ」
手を霧端の喉に伸ばして、ギリギリと締め上げていく。必死で抵抗する霧端の力は普通と比べれば断然強い方だけど、そんなの全然関係無い。霧端の首に俺のツメが食い込む感触がして、いつの間にか僅かに血が伝っていた。カハッと苦しそうに藻掻く霧端の様子を見て止めてやろうなんて決して思わなかった。
「レー君、霧端が死んでまう!止めぇ!!」
「澪灰!!駄目だって!」
二人が俺を必死に止めようとする。
なんで止めようとするの?こんなやつ死んだって良いじゃないか。俺から鴇也を奪ったのに。俺がどんなにどんなに頑張ったって全部奪っていくんだから。どんなに、頑張っても。
「霧端と付き合いだしてから態度が変わったんだ……俺は、ただの友達になった…あんなに、あんなに一緒に居たのに………あんなに、俺を好いてくれていたのにっっっっ」
どんなに頑張ってももう戻らない。どんなにアプローチしても振り向かない。どんなに好きだと告げても手に入らない。だったらいっそ、
「 俺が全部壊してあげる 」
鴇也を奪った霧端も、霧端しか見ない鴇也も、もういらないよ。
どうせ手に入らないのなら、俺が壊してあげる
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