「えっと……ホタルってなんですか?」
始まりはその一言だった。
仄か暖かく
7時23分。突然のメールにより俺はこの人通りの少ない、田んぼ沿いの駐車場にいる。
今現在この場には通行人を除くと俺以外に人は居らず、メールの差出人はまだ来ていないようだ。
『件名:NoTitle
本文:少し離れたところだけど、××の駐車場に来て欲しいなァ。
おkなら、7:30しゅうごぉ。来たら良いことあるからねェ? シバ』
メールの内容はこうだ。
嘉山からメールが来るというのは珍しく、少しばかり浮き足だったような気持ちで此処まで来た。
本文からすれば、遅くとも後2分後には来るのだろう。
アレは時間を守る人間だから、な。
「おまたせぇ」
相変わらず少し眠たそうな目でユックリと歩いてきた。
時間は数秒違わず25分。さすが、といったところだな。
灰色のパーカーを着ている嘉山は、薄暗い周囲に霞むことなく。むしろ、その金の髪が月の光のように煌めいていた。
「牛さァん?」
「…ああ、すまん……それで、一体何のようだ?」
「えっとねェ…そろそろ揃うから待ってぇ」
揃う。何のことか解らなかったが、それは直ぐにやってきた。
何時ものように騒がしい雰囲気で顔なじみたちが揃ってゆく。
「……ちょっと、ホントにこっちであってるの…?」
「睨まないで…ホントにホントだってば!」
「先輩、道行く人にまで御菓子を配らないでください」
「え〜…紘クンもいる?」
「どうしてそうなるんですか」
「ちょっと駄犬!オレのれぇ君に近づかないでよ!!」
「ぇえ!!?」
「ぁ、嘉山くん達がいましたよ」
紅樹、如月、早乙女、神宮寺、時月、樫木か……まったく、時間を考えているのか?
彼等の騒がしい声に溜息を一つ零すと、隣にいた嘉山が軽く笑った。
「おとォさんは心配性だねェ」
無邪気に笑う嘉山を見て、また溜息が溢れる。
呆れではない。本当にいつも道理だと感じて、だ。
「で、これから何すんの」
「いやさ、今日学校で樫木がホタル知らないって言ってただろ?」
「……だから?」
「だからァ、霧端と計画してみんなで見に行こうってぇ」
「なるほど、だからこんな場所なのか」
「そだよォ」
「それにしても、奇妙なメンバーだね?」
「みんなに声をかけたんだけど、他は忙しいらしくて…」
「つまり〜、暇人の集まりってことぉ?」
神宮司の一言で各々が視線を合わす。
余り暇にしているとは思えないメンバーなのだが、もうそれには触れないでおこう。
「んじゃま、しゅっぱーつ!」
そして、嘉山の気の抜けた号令でホタルの居る川沿いへと歩き始めた。
―――――
――――
――
「ぁ、あそこ!」
「結構居るね……」
「綺麗だねぇー」
「…うん…」
「これが、ホタルですか?」
「そうだよ。……よっ」
「わぁ…近くで見ると普通の虫さんなんですね」
「いっぱい居ると結構綺麗だけどね?」
「そうですね」
「先輩、いつまで俺にのしかかってるつもりですか?」
「だめぇ?」
「いいですけど…」
「紘クン。ホタル綺麗だねぇ?」
「…ほんと…そうですね」
「ね〜、おとぉさん」
「なんだ?」
「来て良かったでしょォ?」
「そうだな」
ホタルを見ながら薄く笑みを浮かべる。
一緒に来たメンバーも各々この状況を満喫しているようだった。
見事に二人一組に分かれて、だ。満足そうな嘉山を見る限り、この状況が彼によって仕組まれたモノではないかと少しばかり思った。
だからといって特に何があるわけでも無いのだがな?
「綺麗だねェ」
「ああ。」
この短い会話が俺にとって心地良い物だと言うことは、嘉山は予想もしていないだろう。
校内にいるときも、そうでないときも、割と一緒にいることの多い俺たちの通常の会話。
一緒にいると言っても、気分屋の嘉山が俺の元にふらりと立ち寄るという程度だが。
「わ、ぁあ…」
不意に早乙女の声が耳に入った。
声の方向へと視線を向けると、しゃがんだ早乙女にすり寄る一匹に白い猫。
暗がりでもうっすらと首輪を認識でき、飼い猫だと言うことが解った。
これだけ人になれているのだから、野良猫という可能性は低かったがな……
「ぅあっ」
するり、と早乙女の手から逃れて彼の足に乗る。
足場が悪いのか、ぐらつきながら一度彼がかけていたショルダーバックに乗って前足だけを膝に乗せた。
猫はそのまま動かずに、困惑する早乙女をじっと見ていた。
懐かれているようだが、何とも奇妙な光景だな。
「ぇ、え…れぇ君、どーしよ…」
「…ん……」
「れぇ君?」
「…ごめん、可愛くて…」
「ぅえ//」
イチャつきだす二人に呆れたのか、タンと軽やかに猫は早乙女から降りた。
そして甘い匂いに誘われるかのようにして神宮司の足にすり寄る。…ああ、また餌付けようとしてっっ
「この子可愛い〜」
「……………っ」
「あれぇ?紘クンどぉしたの?」
「なんでも…ない、です…」
その場に凍り付いたように動かない時月。まさか…
「ぅわぁあっっ」
猫がすり寄ろうとした瞬間、普段の様子からは想像できないような焦った声を出して時月が後退した。
ぐらりと上体が揺れて川の方へと落ちかける。
もっとも、隣に神宮司がいる時点で、さほど心配する必要はないのだがな。
「紘クン、猫苦手なんだー?」
「だったら、なんですかっ」
「涙目で睨まれても、怖くないヨ」
時月を抱きしめながら楽しそうに笑う神宮司。
それにしても、時月が猫が苦手というのは意外だな……どちらかと言えば好いて飼っているようなイメージがあるのだがな。
そんな風に軽く考えている間に猫は飼い主であろう人物の所に帰って行った。
人騒がせなヤツだ。
「皆さん、どうしたんですか?」
「樫木か……今し方、猫が来ていてな」
「それは見たかったです」
「……ところで、それは?」
「え?」
「足にホタルがついているようだが」
「ああ。この子、離れてくれないんですよ」
ふふ、と軽く微笑みを浮かべるとホタルに視線を移した。
心地よいのか、落ち着いた瞬きで微動だにしないホタル。コチラはコチラで懐いたか?
「…こいつ、弱ってる」
「そうなんですか?」
「さっき霧端が捕まえてたヤツでしょ?ホタルって、そう言うので弱りやすいから」
「それは、悪いことをしましたね…」
少し寂しそうに樫木が微笑む横で、同じようにホタルを見に来たであろう家族が通り過ぎていった。
わいわいと楽しそうに子供達がはしゃいでいる。
ホタルを追いかけて捕まえようとしているようだな……さすが、無邪気と言ったところか…
「ちょ、捕まえ方雑っ!今バチンって音がしたんだけど」
「ん〜?まだ逃げれてるみたいだよォ?」
「ぉ、おお!って…ホタル逃げて!超逃げてッッ!」
一度逃げたことで子供達がムキになって追いかけだした。その様子を見た如月がホタルにエール?のようなモノを送っていた。
「ホタルってさ〜、結構弱い生き物なんだよォ?」
「みたいですね」
「あのねぇ?アレ、途中でスッゴク速くなってるでしょう?」
「あの、上のですか?」
「そォ。あれねぇ、風に飛ばされてるんだよォ」
「ぅわぁ…結構マヌケ」
「因みに、雨の日は飛べないんだよォ。負けちゃうから」
「雨にか?」
「うん」
やたらと詳しい嘉山に関心を覚えた。それにしても、雨にも風にも勝てないとは…
儚いと言うか、なんというか…
「時間もかなりたった。そろそろ帰らんか?」
「あー…そうだな。じゃぁお開きってことで」
「…霧端が計画したにしては、まぁまぁ楽しかった……」
「それって褒めてるの?」
「自分で考えたら?バカ」
「楽しかったヨ、二人とも」
「呼んでくれてありがとうございます」
「ホタル、綺麗でしたよ」
「…また、やろうねェ」
各々感想などを言って最初の集合地点から解散していく。
その様子を見て、嘉山がとても嬉しそうに笑った。
「牛さァん?」
「………嫌か?」
「…んーん……えへ〜」
ほぼ無意識のうちに嘉山の頭を撫でていた。
正直その行動に俺自身も驚いたのだが、本人が嫌がっていないのでよしとしよう。
それにしても、嘉山の笑顔を見ていると落ち着くな…
「…嘉山」
「なァに?」
「今日俺が来ていなかったら、お前は一人になっていたのではないか?」
「そうだねェ。でも、牛さんが来てくれるの解ってたもォん」
「…根拠を聞きたいな」
「だァい好きな牛さんのこと、把握してないわけ無いのよ〜?」
当然のように言ってのける嘉山。だが…少し待て……今サラリと何を…
「じゃ、帰るよォ?」
「っ!…嘉山、今のはどういう?!」
「牛さんなら解るでしょォ?じゃーね」
タンタンと、先ほどの猫のように、引き留めようとした俺の手を通り抜けて街の方へと走っていった。
本当に猫みたいなヤツだ。気分屋で、捕らえどころのない……
「…………」
俺なら解る、か。
嘉山の言葉を思い出して少し力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
手が触れた顔が熱い。紅潮、しているのだろうか…
……まったく、こんな顔でどうやって帰れと言うんだ……
「…はぁ…」
深く溜息をついて、なるべく早く頭を冷やそうとする。
仄か、暖かく…彼の言葉が俺の中に残って、何かに灯を付ける。
これはいずれ激しい炎へと変化するのだろうか。……それも良いかもしれんな。
(明日会うのが楽しみだ)
――――――
勢いで書いたせいでgdgdに…;;
これは央兎の実話を元に作っております。居るんだよ、突然膝に乗る猫ww
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