兵長の困り事

 立体起動の画期的な新しいフォーメーションを思いついた。
 早く試したくて手頃なヤツは居ないかとリヴァイは食堂へと足を運んだ。食事が終わり、雑談を楽しんでいる兵士の中のひとりに目をつける。
 ――アイツは先日の遠征でなかなか良い動きをしていた。
 自分の相手に不足はないなと判断し、リヴァイは声をかける。
「おい」
「り、リヴァイ兵長。こんにちは。ぁー。なんかお腹痛くなってきた……。し、失礼します」
「ま、まてよっ。俺も、し、失礼します!」
 声をかけられた兵士は、わざとらしく腹を抱え去っていく。他の兵士もリヴァイが現れた途端、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
 この数日リヴァイが部下に声をかけるとなぜか挨拶もそこそこに、よそよそしく逃げていくのだ。しかも男限定というのが不思議に思うところ。
「チッ」
 俺が何をしたっていうんだ。リヴァイは気に入らず舌打ちした。
 リヴァイの指導は厳しいものがある。汚い言葉遣いもあいまって兵士の中では恐れられている。だが反面尊敬もされていると自負している。その部分は自惚れなので絶対に口にはしないけれど。
「兵長! がふっ!!」
 声をかけられて振り向く。不貞腐れ、自室に戻ろうと宿舎の廊下を歩いていた矢先のことだった。
「オルオか。どうした」
 オルオはなぜかとても緊張しているように見える。心なしか顔色も悪い。そして相変わらず舌を噛んだようだ。彼はいつかそれで死ねるのではないだろうか。
 たぶん舌が人より長いから噛んでしまうのではなかろうか。舌を短くする手術などはなかったかなと考えていたら、オルオがもじもじしながら話を切り出した。
「兵長……。困っていらっしゃるんですよね」
「まぁな」
 困っている。訓練の相手が見つからないのだから。
「お……オレで良かったら、つ、つ、付き合います!」
「そうか。助かる」
 そんなに緊張することはないのだけれど。
 と、不意にオルオに腕を掴まれた。彼は意を決した表情でずんずん廊下を進んでいく。リヴァイは訝しげに首をかしげる。
「おい。どこへ行く気だ。訓れ、」
 辿り着いた先はオルオの部屋だった。十六人部屋のこの部屋には今やリヴァイとオルオだけだ。なぜこんなところへ自分を連れて来たのだろう。リヴァイはますます訝しげに顔を顰める。
「ヘイチョ――っ!!」
 思い詰めた表情で眼をぎゅっと閉じたオルオに突然ベッドへ押し倒された。他人のベッドの感触とシーツに染み付いた汗の臭いに気持ち悪さが込み上げる。
「何のつもりだ」
「ぁ。兵長は上がお好きでしたか!?」
「違う」
 話が噛み合わない。
 ――コイツが何を言っているのかサッパリ理解できん。
 まだ若いのに才能のあるオルオをリヴァイは目を掛けて可愛がっていた。だがいま微かに頬を紅潮させている彼に嫌悪感を抱く。
「では、オレにすべてを委ねて下さい!」
 わけの分からないことを口走ったかと思うと、オルオの唇がリヴァイのそれに徐々に近づいて来る。初めて感じる悍ましい身の危険に鳥肌が立った。
「まて!」
 さすがに少し焦り、リヴァイはオルオの顎に手を突っぱねてギリギリのところで阻止した。指先が彼の捲れ上がった、ほんのりタラコの唇に触れる。濡れた唾液の感触が気持ち悪くて、さらに鳥肌が立った。
 拒否されたオルオは戸惑い顔で喘ぐ。
「俺じゃ役不足ですか!? 兵長は、その、男がお好きなんですよね!? 最近真琴に相手されなくて、所構わず男に声を掛けているって!」
 なるほど、そういうことだったのか、兵士がリヴァイを避けていたのは。くだらない噂が宿舎内で広まっていたらしい。
 襲われた動揺を隠すために、リヴァイは平然を装う。なんと言ってもクールが売りだからだ。
「俺はノーマルだ」
「え!?」
 目の前で呆然と跨っているオルオの腹を蹴り飛ばす。ベッドから転がり落ちたオルオは後頭部を強打したようだけれど、無視して部屋を出る。
 後ろから、打った頭をさすりながらオルオが半泣きでついてくる。相手は部下だけれど、もはや気持ち悪さしか感じない。動揺を隠すのが限界に近づいている。巨人すら恐れたことはないというのに、とても恐い。
「俺の半径五メートル以内に近づくなよ。削ぐ」
「違うんです! 兵長が困ってるって聞いて! オレもノーマルなんですよ――!」
 困っていると、聞いた?――
 リヴァイは立ち止まって、いつにも増して悲惨な顔のオルオに向き直る。
「どういうことだ?」
「リヴァイ兵長が真琴の指導を率先して受け持っているのは男色だからだと。でも最近ご無沙汰で、その、しょ……処理に、困っているって、ハンジさんが……。」
「ほぉ。クソメガネの虚偽を、お前は真に受けたのか。」
 見るに耐えない表情でだらだらと涙を流しながらオルオは喘ぐ。
「オレ、オレ。兵長を崇拝してるんです! 男になんて興味無いですけど、お役に立てるならって! あー! 穴があったら入りたい〜!」
「今日のことは忘れろ。俺も胸に納める」
 蹲るオルオの背中に、リヴァイはそっと手をおいた。うさぎのようにふるふると震える背の生暖かい温度に、本当はまだちょっと気持ち悪く思っているけれど。
「ノーマルなんです〜! ノーマルなんです〜!」
  と、床に頭を突いてその場に泣き崩れるオルオはさすがに哀れに思えた。
 ――人ひとりの人生を陥れた罪はでかいぞ。ハンジ。
 三階にあるハンジの部屋を睨みつける思いで、リヴァイは染みだらけの天井を仰いだ。
 ――その後、ハンジの姿を見たものは誰も居ない。

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