男の事情

時系列:第六章30〜36

 古城の浴場は男女共用である。なので入浴中に異性が誤って入ってくることのないように入り口に札を掛けておく。「入浴中(女)」――と。
「あ〜。一日の締めは、やっぱこれよね〜」
 浴槽の縁にいくつかのキャンドルを灯して、真琴は湯にゆったり浸かっている。両脚を伸ばし、足の指を開いたり折ったりしながら一日の疲れを取っていた。

 脱衣所のほうから、がらがらと引き戸が開かれる音がした。ペトラだろうか。浴室の磨りガラス戸の向こうでランプの灯りが動いている。しばしのあと、磨りガラス戸が引かれた。
 薄暗い浴室の中でも分かる人影。女のしなやかな身体つきではなく、がたいのよい男のものだとすぐに気づいた。女の札が掛かっているのに堂々と入ってくるのは一人しかいない。

 真琴は背中を丸めて肩まで沈めた。尖った口調で言う。
「いまは女湯よ。――憲兵さ〜ん、ここに不届きものがいま〜す。捕まえてくださ〜い」
「勤務外につき出動できないらしい」
 リヴァイにそう返される。
「女が入っててもリヴァイさんは構わないのね。私じゃなくてペトラだったとしても」
「毒々しい言い方をする。なぜ機嫌を悪くしてんだ」
「だって」

 洗い場の椅子に座り、リヴァイは手桶で湯船から湯を掬う。
「ペトラじゃないことは分かってた。でないとただの変態だろう」
「あら。この行為は変態じゃないって?」
「ただの出来心だ」
「そうやって開き直っちゃうんだ」

 浴槽の隣で身体を洗っていたリヴァイが背中を見せた。
「後ろに届かん」
 とスポンジを頭の横で掲げた。泡がぼたぼたと肩に落ち、背に滑っていく。
「はいはい」
 真琴はスポンジを受け取ろうとして考え直す。
「……絶対に振り向かないって約束できる?」
「なぜいらない忠告をしてくるんだか」
「だって」

「そういうふうに念を押されると、振り向きたくなるのが人間の心理だろ。墓穴を掘る言動だ」
 何も忠告しなかったら、絶対に振り向かないという保証があるのか。リヴァイは気怠げにスポンジを揺らす。
「早くしろ。お前と違って俺は寒いんだぞ」
 真琴はしぶしぶスポンジを受け取った。湯船の中で両膝を突き、泡でふわふわのスポンジで広い背中を洗う。

(男の人……なのよね)
 天使の羽根などと言われる肩甲骨が、発達した筋肉を持つリヴァイの背中だとそんな清らかなものには到底見えなかった。そこには般若が棲んでおり、捕らわれたら絶対抗えないと多少怖気づかせるも、艶っぽく誘ってくる。当然のことをしてもらっているという態度のリヴァイよりも、きっと自分のほうが心が乱れていると思った。

 脇腹を膨らませてリヴァイは息をつく。
「なるほど。気持ちいいもんだ」
「せ、背中も流してあげる」
 洗ってもらうことが目的らしいリヴァイとは反対に、真琴は隆起した背中に見とれており、温度差に恥ずかしくなってしまった。
 身体を洗い終わったリヴァイは湯船に片足から入ってきた。彼との距離は一メートルほどで、もうちょっと離れるべく真琴は距離を稼ぐ。

「なぜ逃げる」
「だって」
「だってばかりだな」
 緊張で黙っていると、おい、と呼びかけられた。肩越しにそろりと見返った間際、横顔に熱い湯が飛んできた。
「やだ、ちょっとっ」
 真琴は顔を背けて手のひらを突き出す。水鉄砲の構えでリヴァイが湯を連射してくる。
「やり返してこい。おらおら」
「ちょ、眼に入ったっ。痛いっ」
 やられっぱなしで防戦一方だった。それで湯が波打ってざぶざぶと音が近づいてくるのに意識を向けられなかった。

「捕獲だ」
 前から包まれて真琴の鼓動も波打った。
「……ずるい」
「逃げるのが悪い。いまさら恥ずかしがることもねぇだろ。幾度もこうしてんだ」
 右耳のごく近くでリヴァイが言う。
「幾度もじゃない。まだ三度目だもの」
「まだそんなもんか」
 と言い、真琴を後ろから包み込む態勢に変える。束ねているお団子から漏れてしまった髪が、耳の後ろから胸に数束垂れていた。それをリヴァイは指先に絡めてお団子に引っ括めた。眼を伏せて、すっきりした首筋に薄い唇を当てる。

 真琴は半身を捩る。
「や、やだ」
「どうせ口だけだろ」
「ほ、ホントにイヤ。イヤなの」
「そうやって俺を煽る」
「違う……違うの……」
 真琴がいやだと半身をくねるのを、リヴァイは両腕をきつく掴んで動きを制してくる。
「なら逆効果だと教えてやる。嫌がられれば嫌がられるほど、男は止められなくなる。お前はまた墓穴を掘ったんだ」

 本当に真琴は嫌だと思っていた。リヴァイにそうされるのが嫌なのではない。むしろ嫌ではないから、恋人にしてくるような行為をしてもらいたくないのだ。互いに裸だからなおさらだった。いつも中途半端に真琴の身体を熱しておいて、冷ましてくれないひどい人だから。
 マコ、と吐息を漏らしながらリヴァイは口づけを落とし続けてくる。彼に熱せられたからか、のぼせなのか、どちらのせいで頭がぼうとするのか。そして一気にぼんと頭が沸いたのは、湯より熱くて固いものが、尾骨付近に触れたからだった。

「わわっ」
 顔をくしゃくしゃにし、飛び跳ねるようにして真琴は背筋を反らす。リヴァイの唇が肩口から僅かに浮き、眼を上げた。
「なんだ」
「あ、当たっ」
「あ? 分からない」
「あ、当たっ当たっ」
 口をあわあわさせながら真琴は前に逃げる。それをリヴァイが両腕を鷲掴んで引き戻す。
「なんだってんだ、腹の立つ。さっきまで流されてたじゃねぇか」

「だって、なんか、当たるんだもんっ」
「なんかって。――ああ……」
 真琴の背中とリヴァイの胸許が密着しているのに、真琴の腰が不自然に逃げるから、それでリヴァイは気づいたようだ。少し沈黙が落ちる。
 リヴァイは自分に向けて嫌悪した。
「まったく男ってのはどうしようもねぇ。たいして触れてもねぇのに露骨に反応しやがる」

「まるで他人事みたい。変なの」
「こいつは他人だと思っとけ。すまない。気持ち悪かったろ」
「ううん。びっくりしただけだから」
 恥じらいから真琴はおちょぼ口で小さく打ち消した。真琴の身体が火照っているので、リヴァイも熱が上がっていると分かると嬉しくも思った。

「男の人って、すぐにこうなっちゃうの?」
「うん?」
「女性の身体を少し触っただけで、こうなっちゃうの?」
 口を薄く開けたままリヴァイはしばし止まる。それから砂を噛んだように軽く眼を伏せた。
「思春期のガキじゃあるまいし、そうしょっちゅう反応してられるかよ」
「でも……じゃあなんでいま」
「うるせぇ。マコに触れるとこうなるらしい。ったく、言わせんな」

「私にだけなんだ……」
 悦を感じて真琴の頬は緩む。そうして油断していたときだった。
「なあ。見せつけたいのか知らないが――」
 無骨な両手で小型の乳房を下から掬われる。耳たぶを咥えられながら低音で囁かれた。
「ずっと丸見えだ。眼のやり場に困る」
「ひゃっ!?」
 リヴァイの手の上から咄嗟に両胸を隠して、真琴は身を縮こめた。勢いよく湯に沈めたから飛沫が顔中を打つ。

「発育不良だ。物足りない」
「余計なお世話だからっ」
 奇妙な間のあと、リヴァイの声の響きから感情が消えた。
「気にしてるなら発育を促してやってもいい」
「私はこれで間に合ってるのっ」
 お節介だと断るがリヴァイからの応答はなかった。静寂が全身を警戒させる。
「……リヴァイ?」

 乳房をごく軽く包んだままリヴァイの両手は離れない。身を丸める真琴の背中に合わせて、いきなりリヴァイに伸し掛かってくるようにされ、無言で体重をかけられる。
「手、やだ。リヴァイっ」
 彼の手を引き剥がそうとしたら、乳房を乱暴にぎゅっと握り潰された。
「痛いっ」
 数分前まで悪戯するような感じで触れてくるだけだったのに、雰囲気が様変わりしていた。怖いくらいだった。
「痛いってリヴァイっ。どうしちゃったのっ」

「クソッ。いちいち誑かしやがって。自制? そんなの利くかよ」
 そう苦しそうに喉から絞り出して、真琴の肩口に吸いつく。
「ダメよっ、だって――」
「もういい。持論なんざクソくらだ。このままマコを抱く」
 勢いのままに身体を重ねて、結果リヴァイがどうなるか不安もあった。けれど先の不安よりもいまだった。いま愛されたくて、真琴は彼を止めてあげることができなかった。

「……私」
「嫌なら全力で抵抗してこい。男の急所は知ってるだろう」
「抵抗なんてしない。ずっとこうされたかったんだもん」
「まだ煽るか、お前は」

 生温かい舌が首筋を上がってきたとき、真琴の視界が歪んだ。ふわふわしていた頭が耳鳴りと一緒にぐわんぐわんと大きく揺れ始める。真琴は緩やかに襲ってきた虚脱感と同時に気を失った。
「おっと」
 力が抜けて尻から滑りそうになっていく真琴をリヴァイは反射的に抱き支えた。
「これしきで気をやるなよ。これからだろ」
 リヴァイは意識が飛んだ真琴を見て唖然とする。
「……のぼせやがった」

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