色情を呼び起こされる2

時系列:第六章30〜36

 ――夢の中の俺に、もっと愛してもらえ。

 リヴァイの理性はいまにもくずおれそうで、それは砂の城が白波に崩されていく感じに似ていた。衝動的に、マコの腰許付近を毛布越しに撫でさする。
 と、マコの腰がびくんびくんっ――と跳ね始めた。
「んんんんっ」
 マコは喉から捻り出したようなよがり声を上げた。眉を寄せて唇を引き結んでおり、その姿はひどくなまめかしいものだった。

 頬に零れおちたマコの髪の毛を掻き上げ、リヴァイは生ぬるい溜息をついた。悩ましい余韻が顔周りをまとわりつく。
(イったか)
 おそらくだが、マコは快感の絶頂を迎えてしまったのだ。彼女が体験したのはあくまで淫夢なのだけれど、肉体に刺激が伝わってしまったのだと思う。
 マコの瞳がうっすらと開いていく。夢の中にまだいるような顔つきをしているが、ただの寝起きだけではなさそうだ。わずかに上気していて、どこかとろけ顔である。夢の記憶は、はたしてあるのか。

 リヴァイは口端を悪どく吊り上げる。
「どんな気分だ?」
「……どんな」
 ぼうとおうむ返ししたマコは、少しのあいだリヴァイを見つめていた。表情がじわじわとくしゃくしゃになっていく。
 しどろもどろに言う。
「私、な、何か寝言を言ってなかった? 叫んでたりした?」
「ん?」
「だから、何か、目が覚める瞬間に大声を上げたような気がして」

 絶頂を迎えたときのことだろうか。別に大声ではなかったと思うが、マコの中では大声を上げた覚えがあるらしい。極端に動揺している様子から見て、淫夢の記憶が残っているのだろう。
 リヴァイが答えないから、声など上げなかったのだと思い至ったようだ。冷や汗混じりの固い笑顔で、マコはほっと息をつく。

「夢での出来事だったのかしら。現実とごっちゃになっちゃってたのね」
「ちなみに聞くが、夢の中でなぜ大声を上げた?」
「怖い人に襲われちゃう夢を見たの」
 リヴァイはマコに襲いかかり、無理矢理犯したのか。そしてマコは、アブノーマルを好む性癖なのか。と、ついそんなことをリヴァイは妄想してしまった。

 マコの言い訳は違った。
「そ、そこは橋の上でね、怖い人から必死に逃げてたの。て、でね、なんでか分からないけど、その橋を渡りきれば、怖い人はそれ以上襲ってこれないみたいなの」
「追いかけ回されてたのか。そりゃ怖い」
「ええ、とっても」
 ぎごちなく笑っているがマコの声は固い。嘘をついているときの典型だった。
「それで?」
「も、もうすぐ橋を渡り終える寸前のところで、追いつかれて服を引っ張られたの。ひ、悲鳴を上げて、そこで目が覚めたみたい。助かってよかった〜」

(よくもまあ)
 つっかえつっかえではあるが、かろうじて虚言を吐くものである、と思っていた。追いかけられるという夢は以前に見たものなのだろう。
 必死に隠そうとする気持ちは分からないでもない。淫らな夢を見ていたなんて、それこそ知られたくはないだろうから。分かるのに、リヴァイは追いつめたくて仕方なかった。マコが必死であればあるほど、いじめたくなるのだ。

 数分前までいやらしく跳ねていたマコの腰をさする。
「下着が汚れてたりしてな。濡れてんじゃねぇのか」
 どうしてにやにやしているのかと、疑いを抱くようにマコはまじまじとリヴァイの顔を見てくる。毛布の中で彼女の脚がもじもじと動く気配がして、膝頭がリヴァイの腿を掠った。片脚をマコの脚に絡みつかせる。自分のものと比べると、ずいぶんと細くしなやかだと感じた。
「どうだ、濡れてて気持ち悪いだろう」
「い、いいえ? 怖い夢を見たからって、この年でおねしょなんてしないわよ」

 リヴァイはマコの耳許で囁く。
「やらしい夢だったら?」
「え!?」
 マコの声が上擦った。
「大声は上げてなかったが、気持ちよさそうに喘いでた」
 言うと、マコはリヴァイの胸を突いて距離を取った。くしゃくしゃにした折り紙を開いたような表情で、口は何度も空気を食べている。
 マコとの間がすうすうする。
「離れるなよ、寒い」
 彼女を軽く引き戻そうとしたが、腕で突っ撥ねられる。

「う、嘘ついてる! だって声なんて上げてないって言ったじゃない!」
「そんなことを言った覚えはない。マコが勝手にそう受け取っただけだ」
 くっ、とマコが言葉を呑み込んだ。リヴァイはさらに追い込む。
「夢の中の俺は、マコをどんなふうに抱いた?」
 がばっと起き上がって、マコは毛布を剥ぐ。
「知らないわよ、そんなのっ。今夜から一人で寝るっ」

「待て待て」リヴァイも焦らず起き上がり、マコを囲った。「悪かった。お前がいないと寒くて眠れん」
「あんな夢を見るのも、あなたが悪いんだからっ。全部あなたのせいなんだからっ。もう嫌いっ」
 マコはいまにも泣いてしまいそうだった。リヴァイのせいにされてしまったが、言い分はなんとなく伝わってくる。彼女は求めてきてくれるのに、リヴァイがいつまでたっても煮え切らないからだろう。知らず、欲求不満にさせてしまっていたのだ。

 マコは顔を覆う。
「もう消えちゃいたい〜」
「気にしているのはお前だけで、俺は別段何も思っちゃいない。そういう夢を見ちまうときもある」
 マコの慰めになっているかは不確かだけれど、リヴァイは本当にそう思っている。彼女を淫乱だとも思っていない。それに己だって――
(夢の中で、何度こいつを犯したかしれねぇ)
 互いに互いを欲しがっていると知れて、かえって幸福感を覚えていた。

 リヴァイはマコを強く包み込んだ。
「今夜のことは、墓場まで持っていってやるから安心しろ」
「この先、からかって口に出したりしても、リヴァイのこと大っ嫌いになるから」
 思わず、リヴァイはくすりと笑ってしまう。
「ああ、今夜きりだ」
 大っ嫌いになられたら困る。と、リヴァイはマコの首筋に顔を埋めた。ほのかに香るのは常用している固形の石鹸だ。彼女の人肌で温められて、それだけでは甘ったるくてきつい匂いも優しいものへと変容するから好きだった。リヴァイが同じ石鹸を使っても同じ匂いにならないのはどうしてか。
「ところで、下着を代えなくていいのか」
「もう! 大っ嫌い!」

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