お掃除中

 奥の格子窓を押し開く。
 ――んー! いい天気。
 真琴は眼を瞑って外の空気を吸い込む。
 ここは2階だ、雲ひとつない青々とした空が広がっている。遠くに訓練場が見渡せた。彼方此方で兵士達が鍛錬している姿があった。

 ――なんだ、こりゃ。
 窓のすぐ横、2段ベッドと壁の隙間に何か挟まっている。真琴は腕を差し入れてそれを引っ張り出す。
 ――最っ低!!
 真琴の顔が軽蔑に歪んだ。皺くちゃなピンクの薄い雑誌、妖艶な女の絵を表紙にした卑猥な物だった。
 ――要らないのか、隠してたのか分からないけど、こんなの捨てちゃおっ。
 指で摘まむように持って、入り口に置いてあるゴミ袋に持っていく。

「真琴。なあに、それ?」
 ベッドの枠を乾拭きしていたペトラが、半身を捻るようにして振り返った。
「あ、いや」
 咄嗟に本を後ろ手に隠し後退る。自分の物ではないのに、なんだか後ろめたい気持ちが湧く。
「怪しい〜……」
 瞳を細めたペトラは、真琴の背後を覗き込む仕草をした。華麗な動作で真琴の手から奪って、顔の前で掲げた物を確認して顔が赤くなった。
「最っ低!!」

 その悲鳴は、真琴が口の中で毒突いた言葉だった。まぁ、そう言うよね、と真琴は苦笑を見せた。
 本をゴミ袋へ、憎しという感じで突っ込んだペトラは真琴に向き直る。
「男ってホント不潔なんだから! 兵長を見習ってほしいわ!」
 それはどういう意味だろう、と真琴は首を傾げる。何に対しての不潔かで答えは変わる。
「部屋のこと……?」
「何言ってるの? 本のことよ! 兵長はこんな不潔な物読まないと思うわ」

 それはどうだろう、と真琴は首を傾げる。ちらりと床を磨いている男を盗み見た。さして広くない部屋だから話しは聞こえていると思うのに、リヴァイはもくもくと、ひたすらと床を磨いているのである。

「それはどうかな、リヴァイ兵士長も男だし……」
 真琴は小声で呟いた。
「読まないわよ。兵長は、不潔が嫌いなのよ!」
「えっと、それは……。女の人に誠実であるとかそういう……?」
「うん!」
 頬を紅くしてペトラは微笑った。

 夢を見過ぎだ。あの男は違う、不潔だ、と言ってやりたい。リヴァイと隣部屋の真琴は彼の素行を知っているのだ。
 女物の香水を、その服に移して夜中に帰って来ることが頻繁にある。匂いが毎回違うので、特定の彼女がいるとかではなさそう。とっかえひっかえ、もしくは卑猥なお店に通っていると考えられる。
 夜中に帰って来られると、扉の開閉で目が覚めてしまうのだ。廊下を覗くと人の姿はないが、香水の匂いだけが残っている。だから真琴は知っているというわけだ。

 ところで、とペトラが真琴を見てきた。
「真琴も、ああいう本に興味あるの?」
 いや……。と口籠る。
 興味などないが、真琴はいま男なのだ。男の気持ちになって答えを出さなくてはならないだろう。
「まぁ、たまに……読みたくなる、かな」
 眉を寄せながら、「あは」と笑う。
 ペトラが遠い眼をして真琴を睨んできた。
「ショック。真琴にはピュアでいてほしかった」
 どういう印象を持たれているのだろう。真琴は曖昧に笑って誤魔化したのだった。

 夕食を食べて満腹になると眠気がやってくる。真琴は廊下を自室へと歩いていた。
 部屋の近くまで辿り着くと、隣部屋のリヴァイが部屋から出てくるところに遭遇してしまった。彼は部屋着ではなく、明らかに外へくり出す格好だ。

 どうしてだか分からないが、真琴の頬が膨れていく。
「今夜もですか。お盛んですね」
 扉に鍵をかけながら舌打ちをしたリヴァイ。こちらを向いた。
「なんで知ってる」
「そりゃあ、夜中に扉の開閉音がすれば目が覚めますし。廊下を覗くと香水の残り香があるし……」
「ほぉ。動向がそんなに気になるか、俺の」
 上から目線で真琴を見てくる。リヴァイの表情は色がなくて読めない。

「目が覚めて迷惑だ、って話ですよっ。では部屋に戻りますので。どうぞ、愉しんで来てくださいね!」
 吐き捨ててからドアノブを掴んだ。
「気にいらねぇなら気にいらねぇと、そう素直に言やいいじゃねぇか」
 思わずノブを掴んだ手が止まる。偉そうな物言いは聞き捨てならない。
「はい!? ボクは別にあなたが女を」

 振り返った瞬間、衝撃音が2回続けて鳴った。足で扉を叩きつけたそのままの姿勢で、反対側の手を突いているリヴァイ。その狭間に真琴は置かれている。
 リヴァイが真琴に顔を突き出してきた。

「相手が男でも構わねぇぞ。満足させられるのならな」
 ごくりと唾を飲む。身内から、かぁっと熱くなっていく。
「な、な、何を言っているのやら、さっぱり……」
「試してみるか」
 間近で囁かれて、ぞくりと身体中が粟立った。逸らしたいのに眼が離せない。この男に捕らわれていくような感覚。

 ――ガタッ

 転んだような大きな音がして、真琴の身体がびくつく。音のした廊下の方へ首を回してみた。五部屋先の扉の前で、腰を抜かしている兵士がいた。
 ハンジである。床に突いた両手に、体重を預けるようにして尻餅をついている。口をあわあわさせていた。
 視線を浴びているのに気づくと、ハンジは逃げるように去っていった。その表情は、新しい玩具を買ってもらった子供のような顔をしていた。男同士でよこしまなことをしていると思われたに違いない。

 リヴァイに向き直る。廊下を呆と見ていた彼は、嫌そうに舌打ちをした。やっと真琴を解放する。
「面倒くせぇヤツに見られたな。クソッ」
 溜息をついてから、真琴を睨めつけてくる。
「てめぇに関わると、碌なことがねぇ。疲れる」
「なっ……!」

 それは八つ当たりというものではないか。訓練では確かに迷惑をかけているが、いまのは完全に、三白眼な男の身から出た錆だろう。
 はぁ……、とリヴァイは盛大に息をはいた。真琴をちらりと見てから、自室のドアノブを掴む。
「――ったく」
 そうぼやくと部屋に入っていった。

「行くのやめたのかな……」
 そう呟く真琴は、なんだか少しほっとしていた。そうしてなぜほっとするのかと不思議に思い、考える。今夜は安眠できると、にこりと微笑った。そうしてなぜ安眠できるのかと不思議に思い、しばらく思考がループするのだった。

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