アキバアイドルもいいけれど

「じゃーんっ。今回のどうかな!?」

 くるりん♪ と脳内で効果音を鳴らして、あたしはターンした。緑チェックのフリルいっぱいなミニスカートが、腿の辺りをくすぐる感触。お客さんの正面を向いたあたしは、片腕を突き出して決めポーズをした。

「うぉぉぉぉ! 鼻血ものだよ、真琴!」
 両膝を突いたハンジ先輩は大興奮だ。そのせいかメガネがズレてるし。
 身を乗り出すハンジ先輩の、その後ろであぐらをしてるリヴァイ先輩をちらっと見てみる。一番褒めてほしい人は、気に入らなそうに眉を寄せてた。

「リヴァイ先輩っ、どうかなぁ? 今回の衣装!」
 もう一度言い、今度は違うポーズをしてみる。お尻を突き出し、猫ニャンニャン♪
 するとリヴァイ先輩が言い放った。
「水玉」
「え? 水玉じゃないよ、緑チェックだよ?」
 あたしの頭ははてなマークだらけ。衣装はブレザータイプの緑チェックであり、水玉じゃない。
 リヴァイ先輩がちょっと眼を逸らした。
「水玉パンツ」

 その衝撃な言葉に、悲鳴と同時にあたしは慌ててお尻を押さえる。
「エッチ!」
「不可抗力だろ。大体短すぎだ」
 悪びれないリヴァイ先輩に対し、ハンジ先輩は不満げな顔で、
「何言ってんのっ、分かってないなぁ! 絶対領域って言ってだねっ!」
 と熱烈に説明しながら持っているポテチの袋を揺らした。リヴァイ先輩は袋を取り上げる。
「人の部屋で菓子を食うな。カスが落ちるだろ」
「ああ、私のコンソメちゃん〜」
 とハンジ先輩が嘆き、手を伸ばしたのが見えた。

 ここはステージでも何でもない。あたしの恋人、リヴァイ先輩の部屋。そしていまあたしは、衣装を二人に披露している。
 何の衣装かって? SHINGEKIっていう五人ユニットの新しい衣装。あたし、そのセンターでアキバアイドルやってるんだ♪

 パンツ見えるほど短いかな。あたしが姿見で背後を確認していたら、リヴァイ先輩が鏡に映りこんできた。
 あたしの髪の毛を摘み、
「染めすぎだ」
 とリヴァイ先輩が軽く引っ張ってきた。
「えーっ、かわいいでしょ?」
 鏡のあたしが首を捻った。ヘアサロンで染めた、ミルクティー色な髪の毛がさらさらと肩を流れていく。

 リヴァイ先輩は、後ろからあたしの両頬を柔く摘んできた。
「垂れ目パンダ」
「ひっど〜いっ」
 鏡のあたしは泣く真似をし、両目を擦るフリをしてみた。

「はいはい……」
 と白けた声を上げたのはハンジ先輩かもしれない。振り向けばやっぱりそうで、女子なのにあぐらをし、後方に突いた両手で身体を支えていた。
「ごちそうさま……」
「パーティサイズのチップス、一人で食ったのか」
 リヴァイ先輩が突っ込むと、
「うん、そう」と頷いたあとに、「って、ちがぁぁう!」とハンジ先輩は大声を出した。そうして立ち上がり、あたしとリヴァイ先輩の間に無理矢理割り入る。後ろからぎゅむっと抱きしめられた。
「こんな能面やめて、私に乗り換えない!?」

「レズじゃないんで」
 あたしは苦く笑った。
「いや、私もレズじゃないよ?」
「なら人の女に抱きつくな」
 と言ってリヴァイ先輩が引きはがしてくれた。

 もちろんハンジ先輩がレズじゃないのは分かっている。彼女はあたしの熱狂的ファン一号なのだ。アキバアイドルをやりたいという、あたしの願望を一押ししてくれたのも彼女。ライブのときはいつもチケット買ってくれるし感謝してる。

「リヴァイ先輩っ。来てくれるよね? 来週のライブ」
「面倒くさい」
「えーっ、やだやだぁ」
 あたしは身体を揺らし、ぶりっこしてみた。リヴァイ先輩の手が伸びてきて、髪の毛をぐしゃぐしゃされる感触。
「冗談だ。そもそも見張っててやらねぇと、危なっかしいからな」
「SHINGEKIのファンは個性強いからねぇ」
 苦笑して言ったのはハンジ先輩だった。

 SHINGEKIは定期的にライブをしている。秋葉ステージという、二百人のお客さんを収容できるライブハウスだ。チケットは前売りが完売してしまうほど、あたしたちのときはいつも満員。でもそのお客さんたちは結構アクが強い。けれど応援してくれるファンは大事に思わないとね。

 ※ ※ ※

 真っ暗な会場は静まり返っている。ステージの足許だけをほんのり青色のLEDが照らす。白いスモークがあたしからは青い雲のように見えた。そしてスモークが横にたなびき正面が割れたとき、何十個ものライトがあたしたち、SHINGEKIを照らした。

 大音響の音楽とともに、客席から歓声が上がる。あたしからは薄暗い影にしか見えないけれど、彼らが持つ色とりどりなペンライトが光の虹を描いていた。
 スポットライトがあたしを照らしたとき、正面を陣取ったハンジ先輩が眼に入った。両手でペンライトを振り回し、口を大きく開けたりしている。思わず笑ってしまいそうになった。
 ラストの決めポーズをしたとき、盛大な拍手と雄叫びが会場内に轟いた。あたしは息を切らしながらも、感無量だった。

 ライブのあとは恒例の握手会。あたしたち五人は並んで、今日来てくれたファンのみなさんと順々に握手していった。

「真琴ちゃん〜、今日も滾ったよぉ〜」
 若干ハゲ。顔中汗だく。よれよれのTシャツは汗染みで素肌が透けるほど。あたしの両手で包む、その人の手はむちむちに張りがある。にやにやと満面な笑みを浮かべる中年っぽい男に、あたしは営業スマイルでやり過ごした。
 そんなことに内心顔を引き攣らせたあたしは、『ダメよ、ダメダメ』と自分を戒める。お客様は神様、神様と考えを無理に改めた。

 ふいに隣のマイカちゃんが、ひそひそ声で話しかけてきた。
「今日も来てる、あの人〜」
 マイカちゃんの視線の先には会場の隅で腕を組み、壁に寄りかかっているリヴァイ先輩がいた。
「いつも握手会に参加しないけど、誰押し何だろ〜」
 そう言うマイカちゃんの声は黄色い。あたしはそっけなく返す。
「さぁ?」
「かっこいいよね、あの人〜」
「そ、そだね……」

 あたしは必死に動揺を隠す。かっこいいって言われるのは、彼女として嬉しいやらヤキモチやら。とにかく不安にもなるものだからだ。

「握手したいな〜、ああいう人ならサービスしちゃうのにぃ」
 と猫撫で声のマイカちゃん。目の前のモヤシみたいな瓶底メガネの青年に、いい加減なさまで握手していた。
 正直そんなんだから人気ナンバーワンになれないのよ、と心の中で毒突いた。あたしはメガネの青年の、つぶらな瞳としっかり見交わして笑顔を作った。

 リヴァイ先輩が握手会に並ばないのは、色んな人間と触れた手に、直接触りたくないからなんだ。それはあたしも含まれていて、終わったあとはいつも念入りに手を洗わされる。極度の潔癖性も困ったものだ。

「じゃあ真琴、また次のライブのときにね〜」
 あたし以外の四人は楽屋を出て先に帰っていった。着替えたあたしは、リヴァイ先輩が待っているだろう、ライブハウスの裏口へ向かう。
「あれ? いない……」
 思わず独り言が零れちゃった。いつもここで待っててくれてるのに、何でいないんだろう。

 二十時を過ぎた裏口の路地は暗くてちょっと恐い。心細い気持ちでおろおろしていると、ゆらりと影が現れた。
 リヴァイ先輩! と思って顔を上げたあたし。けれど目の前にいたのは、さっきの汗だくな男だった。
「待ってたんだよぉ」
 男は息荒く、喘息なのかと思うほどゼイゼイさせながら、にんまりと笑った。

「えっと、ゴメンなさい……会場以外でファンの方と接触するのは」
 禁止なんで、と言おうとしたら、男はいきなりあたしの手首を掴んできた。
「たまにはファンサービスしてよぉ。君のためにいくら貢いだと思ってんのぉ」
 SHINGEKIはファンからの貢ぎ物は一切受け取らないで通している。だから男の言い分は適切じゃない。あるとすればチケットくらい。
「貢ぐ……って、ちょっとその言い方は、違うかな〜みたいな?」
 実は怖じ気づいているあたし。だから引き攣り笑いになった。

 まじ恐い。こういうのは恐い。ほかのアキバアイドルで身の危険を感じたって話はよく聞くから。まさか自分に訪れるとは思いもよらなかったけれど。
 あたしが「違う」と言った言葉に男は機嫌を損ねたようだ。にんまり顔から据わった眼つきに変えた。

「いい子だと思ってたのに、君ってほかの子と同じで生意気だったんだね」
 男はあたしの手首を強く握ってくる。痛い。
「どうせ僕のことも、影で馬鹿にしてるんでしょ」
「し、してませんっ」
 あたしは顔を横に振る。
「高校生のガキのくせして、色気づきやがって。一度痛い目見たほうがいいよ?」
「やっ、離してくださいっ! 警察呼びますよ!」
 男はあたしを引っ張る。裏口よりもっと奥の路地へ引き込まれていく。
 あたしはパニックなってがむしゃらに抵抗をした。

「やだっ! 誰かっ……助けっ……り、リヴァイ――っ!」
 叫んだときだった。

「クソ豚、こっちを向け」
 ドスの利いた声が背後からして、豚と呼ばれた男が振り返った。その瞬間、男の顔目掛けてローファーがめり込むのを、あたしは見た。
 蹴られた男は吹き飛ばされ、積まれたゴミの山へ無様に突っ込んだ。目が回ったようで、頭をぐらぐら揺らしたあとに、くったりと沈んだ。
 男から目を離したあたしは、後方を振り返る。そこには蹴ったままの姿勢なリヴァイ先輩がいた。
 リヴァイ先輩はあたしを睨んでくる。あたしは上目遣いする。

「何で、そんな目で見てくるの……。あたし、危なかったんだよ?」
「ああ。俺がもう少し来るのが遅かったら、お前はどっかヤバいところに連れ込まれてただろうな。そのあとどうなったかも想像つくだろ」
「だったなら何で、怒るの……。悪いのはあの男じゃん」
 あたしは泣きそうになりながらも、伸びてる男を指差した。リヴァイ先輩は眼光を緩めずに続ける。
「ああ。あいつは犯罪を犯した。だがお前にも責任があるだろ」
「な、ないよっ! 責任なんて!」
 あたしは頭を振る。リヴァイ先輩は大げさに溜息をつき、呆れた感じで顔を逸らした。

「いつかこうなるんじゃないかと俺は思ってた。パンツが見えそうなほど短いスカート履いて、笑顔振り撒いてれば、変な誤解する奴もそりゃあ生み出すだろ」
「だって……そういうのがアキバアイドルなんだもん……」
 下を向き、あたしは上着の裾を伸ばしたりしていじる。リヴァイ先輩の主張がよく分かるから、顔を上げられなかった。
「真琴はなぜ、アキバアイドルをやってる? クソ豚どもにチヤホヤされたいからか?」

「ち、ちがうよっ」
 あたしは顔を上げ、
「歌が好きだからっ、作詞作曲も好きだからっ」
 ビッチみたいな言い方されたから、あたしは精一杯否定しておいた。

 リヴァイ先輩が距離を詰めてきた。あたしは顔がちょっと恐くて一歩下がったけれど、手首を優しく掴まれてしまった。
「なら、際どい衣装を着るアキバアイドルじゃなくても、いいじゃねぇか。ストリートライブとかでもよく見かけるだろ、地道に頑張ってるやつが」
 そう言い、リヴァイ先輩はあたしの手首を触れるか触れないかの手つきで撫でる。そこには男に強く掴まれたせいで、痣ができてしまっていた。

 まぁ、とリヴァイ先輩は決まり悪そうに眼を逸らす。
「正直言えば、面白くない。不特定多数の気持ち悪い豚どもに、真琴が厭らしい目で見られることが。我慢ならん」
「……ヤキモチ?」
 控えめに訊けば、リヴァイ先輩は不本意だと言わんばかりに眉を寄せた。
「逆に聞く。真琴は平気なのか? 俺がSHINGEKIの女どもと握手するのは」
 想像してあたしは泣きそうになった。リヴァイ先輩がほかの女の子に触れるなんてイヤだ。

「や、やだやだぁ!」
 必死に頭を振れば、
「そういうことだ……」
 とリヴァイ先輩はちょっと照れ臭そうに吐き捨てた。

 それからというもの、あたしはソロ活動でストリートライブをするようになった。変なファンが付くことはなく、大人な人たちから好評をいただいている。
 ハンジ先輩が募金箱を持って、堂々と催促するのがとても恥ずかしく思うけれど。でもこれがある意味、見せ物として客寄せになっているらしかった。

 そして歌い終わり、暖かい拍手をもらう中で、少し遠目にいる男の姿があった。それは優しく微笑み、拍手をしてくれているリヴァイ先輩だった。

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