時系列:第一章
――どっちだ。そんな思いでリヴァイはちらちらと真琴を見ていた。
昼食が終わった食堂は、まだ雑談する兵士たちで賑わっていた。真琴はリヴァイから少し離れた食卓で、ペトラたちと楽しそうに話しているようだ。
正面に座っているハンジが、唾を飛ばしまくりながら一方的に巨人の話をしてくる。けれどもリヴァイの耳には入っていない。
これは長年身についたハンジ対策で、もう自動的に左から右に聞き流せるようになった。しかしながら、いまはちょっと違う意味で耳に入ってこないみたいだ。
頬杖を突いて、リヴァイはまたちらちらと真琴を見る。どっちだ――と。
リヴァイは疑っている。真琴が実は女なのではないかと。
身体の線はきゃしゃで柔らかい。これは真琴を指導中、他意なく触れてしまったときに味わった感触だ。断じて故意ではないことは主張したい、とリヴァイは思う。
それに、とリヴァイは組んでいる脚を組みかえる。
社交界で出会ったマコ。あれに似ている、気がするのだ。髪の毛の色も長さも違うけれど。
そう考えてちら見してしまう自分が、気持ち悪いとリヴァイは思う。あれが正真正銘の男であったなら、いまの自分の行為はとても気色悪い――と。
マコのことは正直悪くないと思った。だから顔立ちが似ている真琴と重なってしまうのだとしたら、どうかしている。
しかし気になってしまう気持ちを抑えられない、とリヴァイが苛々気味に人差し指で食卓を叩いていたら、
「ちょいと話聞いてる!?」
とハンジがやや不満そうに顔を突き出してきたので、
「ああ? クソが詰まって困ってるだと? 蜜柑でも食え」
と投げやりにリヴァイは返した。
ハンジは蒸気を鼻から出す剣幕で見てきた。
「食べても出ないんだよっ」
「俺に言われても知らねぇよ。自分で解決しろ」
吐き捨てながら、リヴァイはまた真琴に視線がいってしまった。
そんなリヴァイに気づいたハンジが、パッチリと眼を開けた。好奇の色が見える。
「あなたさ、さっきから真琴のことばかり見てるね」
指摘されて、リヴァイはすぐさま視線を真琴から外す。
「的外れだ。俺は外の天気が気になっているだけだ」
「真琴の背後は確かに窓があるけどさぁ……」
言いながらハンジはにやりと意地の悪い顔をしてくる。だからリヴァイは牽制する意を込めて声を低くした。
「気持ちの悪い想像してんじゃねぇだろうな」
「え? 違うのぉ?」
とハンジは大げさにおどける。なのでリヴァイは腰を上げて、ハンジの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇか……。ありもしない噂を流してる奴は」
「な、なんのことぉ……?」
ドスの利いた声で言えば、ハンジはあきらかに冷や汗をかきはじめた。
男色という噂だ。そう返したかったが、喉まで出かけた言葉をリヴァイは呑み込んだ。こんなことを自分の口から言うなど、寒気が起きそうだったから。
男になど興味ない。けれど男である真琴を気になってしまう。ああ、ますます苛々する、とリヴァイがハンジの胸ぐらを突き放すように離したとき。
「リヴァイ兵士長」
この中性的な声も、マコとどこか似ている。そう思って傍らに立つ真琴に横目を投げた。
「なんだ、俺はいま機嫌が悪い」
言葉通りにあからさまに言うと、真琴は唇を尖らした。こんなところもマコと同じ。
「話しかけたそうそう、そんな言い方ってないと思いますっ」
部下のくせに生意気なことを言う。
「いつもボクに厳しいですし。鞭ばかりじゃ、やる気が削がれます」
「常からやる気なんざねぇだろ」
言うと、真琴は頬を膨らました。こんなところもマコと同じ。
「飴がないからですよ、それはっ」
飴をくれてやる、リヴァイはそう言いそうになった。お前がマコなら存分に飴をくれてやる――と。
どうしてだぶる、マコと。はっきりしない感じが苛立たしい。ならばここで化けの皮を剥いでやろうか、そんな衝動的な思いがリヴァイの全身を支配した。
背後の壁に向かってリヴァイは真琴の胸許を突く。なんか男でない柔らかさが、手のひらに微妙に伝わったけれど。
強い勢いに真琴が壁へ叩きつけられた。痛みだろうか、顔を顰めて目許をぎゅっと瞑っている。
そこにすかさず片手を突くと、壁を叩く大きな音に真琴は眼を丸くした。そして男にしてはぷるぷるの唇で、
「壁ドン……」
と呟くから、リヴァイは眉を顰める。何だ、壁ドンとは――と。
そんなことはどうでもいい、とリヴァイは思考を切り替える。ここではっきりさせてやる、暴いてやる。
リヴァイは真琴に顔を突き出して、吐息と一緒に口にする。
「お前は――」
男か、女か、どっちなんだ、白状しろ。と問い詰めようとしたリヴァイは、思わずゴクリと唾を飲んだ。
真琴が顔を伏せ気味に睫毛を震わせ、頬を桃色に染めていたからだ。とても男には見えなかった。それはひどく煽動的で、リヴァイの中心を熱くさせるものだった。
ときがとまっている感じだった。周囲からは何も聞こえない。まるでふたりだけの世界にいるかのよう。
そのとき、リヴァイの背中をちょいちょいと突く者がいた。ハンジだ。
「いくら好きだからって、ここでは拙いよ、リヴァイ……」
リヴァイははっと我に返って振り向きざまに、
「俺が好きなのは女だ――」
と抗議して、自分に向けられる周囲からの呆気な視線にいまさら気づく。
リヴァイの耳に何も聞こえなかったのは、単に彼のときがとまったからではなかった。しん、となるほど食堂にいるすべての兵士たちが、ぽかんと口を開けてこちらを見ていたからだった。
やってしまった、と思ったときにはもう遅い。衝動的に行動してはいいことなどない、とリヴァイの教訓になっただろう。
――で、お前はどっちなんだ! とリヴァイは胸の内で叫んだ。結局分からずじまいで、不当な噂が蔓延しただけに終わったのだった。