クールビューティーの秘密

 ここは会議室。ただいま第三分隊の班長会議中だ。
 大きな丸テーブルに、十人の班長が腰掛けている。私がここにいるのは、もちろん班長だからだ。
 次の壁外調査に向けての議論がようやくまとまったようだ。それぞれが書類を抱えて席を立ち始める。

 私も立ち上がろうとしたとき、
「真琴」
 と声をかけられた。
「なにかしら?」
 ちょっと居丈高になるように、私は控えめに笑う。向かいに座る男、リヴァイに。
「作戦企画書の直しを、あとで手伝ってもらいたい」
 私に向かってリヴァイは書類を揺らしてみせた。
 つん、と私は顎を上げて、
「ごめんなさい。私、忙しいの。違う人に頼んで」
 つれなく断り、自慢の長い髪をなびかせるように手で払ってみた。

 わざとブーツの音を響かせて出口へ向かう。背後からひそひそ声が聞こえた。
「いつもクールだよなぁ、真琴さん」
「兵長の頼みも断っちゃうんだもん。私なら恐ろしくて無理」
「綺麗なんだけど、お堅そうで近づきがたいんだよなぁ」
 いい感じの評判だわ。満足して緩む唇を、私は何とか引き締める。ドアノブを捻って廊下へ出た。

 両肩に背後霊がいるんじゃないかと思うほどに、肩が凝っていた。首を回して凝りをほぐしながら廊下を歩いていたら、
「真琴! ちょっと待って」
 廊下を駆けてくる音と声に、私は振り返った。声だけで誰かは分かっているけれど。
「どうかした? ナナバ」
「歩くの早いね」
 追いついたナナバが苦笑した。小脇に抱える書類を彼女が抱え直したのを合図に、並んで歩き出す。

 ナナバがショートカットの前髪を掻き上げた。すらっと背の高い端正な容姿は、私の憧れだった。
 女性なのにやや低めのハスキーボイス。露骨に感情を出さない彼女の喋り方。内輪に秘めた微笑を向けられると、女の私であってもドキッとしてしまうことがある。
 まさにクールビューティー。私の目指すお手本の人だ。

 ん? といった感じでナナバが眼を大きくした。やばい、彼女のことを見つめすぎてた。
「ううん。で、なにかしら?」
「うん。これ、さっき渡すの忘れちゃったから」
 と言って私に一枚の書類を差し出してきた。
 手に取った紙をちらっと見て、
「業務書ね。ありがとう」
 ファイルに差し入れて、私は小脇に挟む。そんな私を見て、ナナバは物言いたそうにしている。
「なにかしら?」
「真琴って、前はもっと普通に話してたよね?」
 どっきん!
「そ、そう? もともと、こういう感じじゃない」
「無理は体に良くないと思うな。私は、昔の無邪気に笑う真琴のほうが好きだよ」
「あ、あっちが無理してたのよ。本来、私はこういう人間なの」

 鋭いナナバは首を捻っている。何でそんな演技してるの?、と思っていそうに見えた。
 溜息をついてからナナバが、
「リヴァイとなんかあった?」
 またどっきん! もう許して、ナナバ。
「な、なにもないわよ?」
「喧嘩でもしたの? 三ヶ月前辺りから急に態度が冷たくなったよね、真琴の」
 そっちか、と私はほっと息を吐いた。居丈高な気質を取り戻す。
「だって、あの人って横暴じゃない。私、乱暴な人って苦手」
「前まで大好きって言ってたじゃない」

 ちょっと! と立ち止まって叫んだ。それから髪の毛が頬にぶつかる感触を伴いながら、首を振って周囲を確かめる。
「こんなところで変なこと言わないでよ!」
「そんなに慌てないで。大きい声で言ったわけじゃなし」
 ナナバは苦く笑う。
「で、どうなの? もう好きじゃないわけ?」
「す、好きだったら、お手伝い頼まれたら喜んで手伝うんじゃないかしら?」
 動揺を隠して、私は虚勢を張る。
 ふーん。とナナバは言って、ファイルを自分の肩に叩くふうにする。
「そういえば、真琴の演技が始まったのも三ヶ月前辺りだったっけ?」
「だから、演技じゃないからっ」
「なんでか知らないけど。そんなお高くとまってると、損するよ? モテないよ?」
「それでいいの!」

 思わず返答してしまった本音に、私は自分の口許を両手で覆った。バサバサと書類が落ちる。
「え?」という顔をしたナナバが、動けない私の代わりに廊下に散らばった書類を拾う。
 掻き集めながらナナバが、
「モテたくないから、わざとそうやってるの?」
 と言って拾い集めた書類を私へ差し出す。私はそれを引っ手繰って、
「違うから! だから演技じゃないから!」
 強く否定しておいた。でも私の戸惑うさまを見てナナバが含み笑いする。
「嘘の鎧、剥がれてきてるよ」
 それ以上、私は何も言えなかった。ナナバのほうが一枚上手だから、下手に返すとさらに言及されるに決まっているもの。

 就寝時間。私はこの時間のために、毎日を頑張っているといっても過言ではない。
 そろりそろりと、足音を立てないように私は暗い廊下を歩く。上官部屋のある三階へ向かって。
 目的の部屋の前へ辿り着いた私は、ドアノブを捻った。鍵がかかっていないのは承知ずみだ。
 ドアをゆっくり開けると明かりが廊下に洩れていった。オイルランプに照らされている薄暗い室内に、書机で腰掛けるリヴァイが正面に見えた。

 気づいたリヴァイが口を開ける前に私は、
「リヴァイ〜っ」
 駆け寄って、机越しに座るリヴァイに抱きついた。机のせいで彼と距離があるから、私の足がぷらぷらと浮く。
「まだ仕事中だ、引っつくな」
「手伝ってあげるっ。企画書の直しでしょっ」
 るんるん気分で、私はリヴァイの隣に回った。ペンを持つ彼の手許を覗き込んで、
「これね。すぐ終わらせちゃうからっ」
 返事も聞かずに勝手に紙を奪って、私は据えられたテーブル席へ腰掛けた。しばらく集中して仕事をこなし、直しが終わって私は顔を上げた。

 自分の仕事分が終わったらしいリヴァイは、ベッドに座って文庫本を読んでいた。組んだ脚に肘を突いて、その手を顎に添えている。そして逆の手で文庫本を持つ彼。とても利発的に見えて、私はまた惚れそうになる。実際そうなのだけれど。

「終わったよ」
 明るく声をかけて、私は仕上がった書類をリヴァイの書机にのせた。
「ああ。助かった」
 私を見ずにリヴァイは言った。

 そんなに面白いの、その本? と私は頬を膨らませる。文庫本という無生物にやきもちを妬いてしまった。
「ねぇ」と甘えた声を出して私はベッドにのり、後ろからリヴァイに抱きつく。少し体重をかけたから、前のめりになったリヴァイが、横顔で片眉を上げる。

「少し待て。いまいいところだ」
「私のほうがいいところ、いっぱいあるわよ」
 艶っぽく言って、私はリヴァイの背中に胸を押しつけるふうにする。
「それも充分魅力的だが。この時間にならねぇと、本を読む暇も取れん」
「分かってるけどぉ」
 リヴァイを押し揺らしながら、私は唇を突き出す。それから、今日冷や冷やしたことを話す。

「会議のあとね〜。ナナバに問い詰められちゃった」
「何をだ」
「私の演技。なんでそんなに気取ってるの〜、って」
「あいつは鋭いからな。だがほかの奴らは、真琴の態度をそのものと思い込んでいるらしい」
 リヴァイの肩に顎にのせる。心の中に、ちょっとだけ不満が広がっているから、私はそれを吐露する。

「いつまでこんなこと続けるの?」
「ずっとだ」
 え〜、と私は不満をあらわにする。
「肩凝るんだよ? 違う自分を演じるのって」

 そうなのだ。私が無理して、違う私を演じるのは、私にそうしろと命令したからなのだ。――恋人であるリヴァイが。
 なんでそんな面倒なことをしなければならないのか、理由は分かっている。私に男を寄せつけたくないという、リヴァイの可愛い男心だということは。
 お高くとまっていれば、男たちは敬遠すると思っている。頼まれる手伝いもなるべく断って、ちょっと嫌な女を演じる。
 そして日中リヴァイにまで冷たくするのは、もちろん恋人であることを周囲に悟られないようにするためだ。でも私としてはひどく心苦しい。

「公認カップルになっちゃダメなの?」
「それは危険だ」
「どうしてよ。リヴァイとつき合ってるってみんなに知ってもらえば、変な虫は寄ってこないだろうし、リヴァイに冷たくしなくたって済むのに」
 リヴァイは次のページを捲って、
「女どもをあなどるな。あいつらは、お前と俺がつき合ってると知った途端、手のひらを返して攻撃してくるぞ」

「私に、ってこと?」と訊くと「ああ」とリヴァイは頷いた。
「何でもないのにリヴァイと噂になっちゃった、あの子だっけ。靴に画鋲いれられたり、陰湿なイジメされたんだよね、確か」
「ああ。奴らは己の中に巨人を飼ってる」
 変な例え。と私は笑ってリヴァイをまた前後に揺らす。
「ほんとに、ただの噂だったんでしょうね……?」
 探る感じで言うと、リヴァイは溜息をついた。文庫本を膝におく。

「ちっとも集中できやしない」
 リヴァイはそう言い、文庫本をテーブルに向かって捨てるように投げた。身体を捻ったリヴァイにベッドへ押し倒される。両手首を縫い止められて、
「恋人を持つのはお前が初めてだと、なんべん言ったら納得する」
 低く囁くように言われて、私は口をもごもごさせる。

 これからおこなわれるだろう行為は、もう何度もしているというのに、いつも新鮮味を帯びさせる。ときめく心はリヴァイを好きになったときから、全然色あせていない。
「今夜も深く愛してやる。二度と馬鹿なことを言わないようにな」
 愛の言葉とともに、私の唇へリヴァイの唇が近づいてきた。瞳は熱を帯びていて、それだけで私は息が詰まりそうなほどに胸が高鳴るのだ。
 ああ、今夜もきっと寝かせてくれない。明日も寝不足だ。

←back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -