※組織壊滅後
とある雨の日の夜。
残業を倒した帰宅途中、小腹を満たす為のものをコンビニで適当に購入し、自宅への道程をゆっくり歩く。
その途中、建物と建物の間の大人一人なら普通に通れるぐらいの通路──と言っても向こうは行き止まりだが──に黒い物体があるのが横目に見えた。随分大きいなぁなんて思ってそれを確認しようと近付いてみればその物体はなんと人だった。
「えっ」
長い銀髪が見えるけれど外人の女の人か?
こんな時間にこんな所で傘も刺さずに何をしているんだろうか。
「あのー…、大丈夫ですか?」
恐る恐る声を掛けてみれば、ギロリと鋭い視線が俺を射抜く。いやいやめちゃくちゃ目付き悪いじゃん。怖すぎるんですけど。ていうか女じゃなくて男かよ。
「えーと、警察呼びますか? それとも救急車?」
「……余計な事はするな。放っておけ」
低い声でそう言われて思わず居竦む。な、なんだよ人の親切心をそんな…。
ふと、そこで目の前の男が怪我をしているのが今にも切れそうな電柱の灯りに照らされて見える。
「怪我してるじゃんお兄さん。やっぱ救急車──」
「余計な事はするなって言ったのが聞こえねぇのか」
救急車を呼ぼうと携帯を取り出せば、その腕を男に引かれ、電話をする事を阻止される。その拍子に手から滑り落ちた携帯が水溜りへと着地する。あーあ、水没してしまった。
「でも結構酷いんじゃないですか? 血、随分出てるようだけど」
「関係ねぇだろ」
「まぁそうだけど…」
流石に見て見ぬふりは出来ない。
どうしたもんかと考えるも、警察も救急車もダメとなると困った事に解決策が見い出せない。
「じゃあ、とりあえずウチに来ます?」
辿り着いた選択肢はそれしか無く、ポロッと零せば男の鋭い瞳が僅かに見開かれる。
△▼△▼△▼△
怪我の手当が先かと思ったが、ずぶ濡れだったから拭くよりも風呂にいってもらったほうが良いだろうと判断し、タオルを渡して脱衣所へ押し込んだ。風邪を引かれても困るし。
「とりあえずちゃんと温まってください。出てきたら傷の手当するんで」
家に連れて来た男は俺よりもだいぶ背が高かった。着れる服、あったかなぁ。俺が着てもだいぶダボついてるスウェットなら大丈夫だろうか。
クローゼットを漁り目当てのスウェットを取り出したところで下着の替えが無い事に気付いてしまった。困った。
仕方ない、と急いでコンビニに赴き下着を購入する。無いよりはマシだろう。
目的を済ませて家に戻ってくるも、男はまだシャワーを浴びてるようだ。
……中で死んでないよな?
不安になったがその心配は無さそうだ。
「着替え、此処に置いときますね」
「……ああ」
「濡れた服は洗って乾燥機かけちゃいます」
一応断りを入れて男の服を洗濯機へと投げ込む。なんだこれ?まぁいいか。
投げ込んだ拍子にガコンッと何か硬いものが洗濯槽に当たる音が聞こえた。携帯か何かが入ったままだったのかと思い取り出してみたらそれは拳銃で。いやいやなんでだよ。モデルガン?サバゲーとかやってたりする人?
これに関しては知らんぷりしておいた方が身のためかもしれないと思い、とりあえず着替えの上にそっと置いておく事にした。
△▼△▼△▼△
風呂から出てきた男の怪我の手当をしている間無言が続いた。気まずい。
「えーーと……お兄さん名前は?」
「…………」
「俺はみょうじなまえって言うんですけど」
「…………」
「聞いてる?」
「………ジン」
「ジンさんね。 ジンさんはなんであそこに? 雰囲気からして堅気の人じゃないでしょ」
はい、終わったよ。と手当を終えた事を告げるも、ジンさんはボーッとしたまま動こうとしない。
「ジンさん?」
不思議に思って顔を覗き込んで声を掛けてみるが反応が無い。
もしかして、死──
「…死んでねぇ……」
「あっ、良かった。もしかして疲れてる? 俺のベッド使っていいよ。俺ソファーで寝るし」
「いや……」
何かを言おうとして口を噤むジンさん。何を考えてるかは分からないが、多分このままじゃずっと此処に居そうだ。しょうがないなぁ、とジンさんを立ち上がらせて無理矢理寝室へと押し込んでベッドへ追いやる。
「とりあえず寝る! 疲れてるから何も考えられないんですよ」
「……」
「俺は明日朝から仕事だから飯の支度まではしてやれないけど、まぁ好きなだけ寝てていいし、服も乾燥機掛けてるから起きたら乾いてるだろうから帰りたければ帰ってもいいし、まぁ適当にやってください」
口を挟む隙を与えないように早口でそう告げ、それじゃあおやすみなさいと寝室を出る。
雰囲気は怖いけれど不思議と放っておけないのは何故か。昔捨て犬を拾った時の気持ちを思い出してしまった。あの時は母親に、お世話なんか出来ないんだから拾ってくるんじゃありません、元の場所に戻してきなさい!なんて叱られたっけなぁ。
という事はジンさんは捨て犬的な。大型犬だな。今は一人暮らしで叱る人間が居ないのが救いだなぁなんて思いながらソファーに横になる。
きっと仕事から帰ってきたらジンさんはもう居ないだろう。
そういう人だと思うから。出会ったばかりで何を知ってるんだって話なんだけど。
翌日、寝室を覗いたらジンさんの姿は無かった。
俺が寝ている間に出て行ったようだ。ベッドの上には律儀に畳まれた貸したスウェットと「世話になった」と丁寧な文字で書かれたメモが一枚。
それを見て思わず笑みが零れる。
あの不思議な人にまた、会えるだろうか。
←