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普通に生きたい。
そう思う事は贅沢なんだろうか。

父親は借金で首が回らなくなって蒸発、母親はヤバそうな男に引っ掛かり、いたたまれなくなった俺は逃げるようにして家を出た。
大学へは進学せずにずっとフリーター。それもつい一週間前までで、今は職無し。働いていた居酒屋で女性客に絡んでる酔っ払いを叩きのめしてクビ。気分転換に銭湯に行けば、ロッカーに入れてた筈の財布が盗まれたし、帰り道に犬のうんこを踏んだ。

散々だ。
俺が何をしたっていうのか。

「はぁ……しんど……」

死にたいとは思わない。これしきの事で死んでたまるか。しんどいけど。
普通に生きたい。
普通に働いて、普通に生活して、普通に恋人を作って。
普通ってなんだっけ。
考えれば考える程泥沼に嵌っていくような感覚を覚える。これではいけない。

「帰ろ……」

ひとまず帰ろう。そう思ってフラフラと帰り道を歩いていたところで人にぶつかった。完全に俺の不注意。

「あ、すんません…!ちょっと余所見してて…」
「いえ、こちらこそすみません」

ぶつかったのは店前の掃除をしていた男の店員だった。人当たりの良さそうな雰囲気で、女子が好みそうなイケメンだ。俺なんかとは生きる世界が違う。

「大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色悪いようですけど。うちで休憩していきますか?」
「あ、いや…大丈夫です。財布盗まれて金無いし、家も近いし」

うちで、と言って店を指す男。そこは喫茶店で、数ヶ月に一回来る程度ではあるが、俺も知っている店だ。

「えっ、財布盗まれちゃったんです? 警察には届けました?」
「あーいや、まだ。どうせたいした金額入ってないし、カード類も入れてなかったし、大丈夫」

所持金1623円のレシートばかりが入ったなんの価値も無い財布を盗られたところで、たいした問題じゃない。精神的ダメージはあるが。
どうせ今頃何処かに捨てられているだろう。身分証やキャッシュカードなどは携帯カバーのポケットに仕舞ってあったから無事だし、ほんとになんら問題は無いのだ。
だが、俺の話を聞いた男は、僅かにその綺麗な顔を歪ませる。そして、俺の腕を掴み、無理矢理店内へと俺を引っ張っていった。なんだなんだ。

「ちょっと待っててくださいね」

そう言って男はカウンター内に入り何やら作業をはじめ、少ししてから俺が無理矢理座らせられた席へと戻ってきた。

「はい。ハムサンドとアイスコーヒーです」
「えっ俺頼んでないんだけど」
「サービスです。僕の奢りなので、遠慮無く」

その笑顔で一体何人の女を落としてきたんだ?と聞きたくなるような爽やかな笑顔でそう言われた。
断ろうと声を上げようとすると、笑顔の圧が凄い。なんだか有無を言わせないようなオーラが見えるような気がするんだけど気の所為だろうか。
厚意を無下にするのも悪いので、お礼を述べ仕方なくお言葉に甘える事にした。

「あの、」
「なんですか?」
「あんあの名前…」
「あぁ、安室です。安室透」
「安室さんね」
「君は?」
「俺? 俺はみょうじ。みょうじなまえ」

やっぱり後日必ず金は返しに来ると告げるも、男──安室さんは気にしなくて良いと頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。


△▼△▼△▼△


不運というのは連鎖でもするのだろうか。満員電車に乗ったら何故か男の俺が痴漢に遭うし、ボーッとしながら料理してたら火傷するし、隣の部屋と間違われてガスが止まったりと散々過ぎる。
俺が一体何をしたっていうんだ。


そんな俺はあの日振りに再び喫茶店、ポアロへとやって来ていた。安室さんが居るかは分からないが、居なければ他の店員に頼むかまた後日改めて来れば良い。

扉に付いている来店を告げるベルが鳴り、店内に俺の来訪が告げられる。

「あっ、君は!」

運良く出勤していた安室さんが俺を視認して声を上げた。

「この前はどーも。これ、この前のお代」
「えぇ? 僕の奢りだって言ったのに」
「それじゃ俺の気が済まないし」
「ほんとに気にしないでください」
「いや、でも、」
「ほんとに良いですから!それにしてもまた死にそうな顔してますけど、大丈夫ですか?」
「あー……大丈夫、じゃないかも」
「僕で良ければ話、聞きましょうか?」



安室さんは不思議な人だ。まだ出会って2回目だというのに、今まであった俺の不運話をつい愚痴ってしまった。聞き上手とはこういう人の事を言うんだろう。羨ましい。俺もせめて何か一つぐらいは恵まれたかった。

「散々ですねぇ」
「いやもうほんとに。もしかして俺、何かに憑かれてんのかも」
「あはは、まさか」

カウンター内で皿を洗いながら俺の話を聞いてくれる安室さん。やっぱ凄いモテんだろうなぁなんて思いながら、ついその姿を凝視してしまう。
光に当たってキラキラ光る色素の薄い髪も、健康そうな色をした肌も、線の細い身体つきも、甘いマスクも、モテる要素でしかないだろう。

「僕の顔に何か付いてます?」
「んっ?いや、安室さんってモテそうだなーって思って」
「そんな事無いですよ。そう言うみょうじくんだって、モテてそうですけど」
「全然。顔怖いって言われるし、ヤンキーには喧嘩売ってんだろって言い掛かりつけられるし」

目付きが悪いのも、背がでかいのも、しょうもない父親に似てしまったからだろう。無念。せめて安室さんみたく女子にモテそうな顔で生まれていれば、何かが変わっていたかもしれない。普通に生きれていたかもしれない。不運とは縁が無かったかもしれない!

「僕はみょうじくんの顔怖いとは思わないですけどね」
「いいよ、気遣わなくて」
「いえ、そういう訳では。話してたら分かりますけど、みょうじくんは優しくていい子ですよ」
「は、」
「なんて、男に褒められても嬉しくないですよね。すみません」

安室さんは笑ってそう言うと、他の客に呼ばれてカウンター内から出て行った。
はじめて、褒められた気がする。親にですらもっと愛想良くしなさいって怒られていたというのに。形容し難い感情がぶわっと押し寄せてくる。

呆然としていたら、俺を見た梓さんに「顔、赤いですよ」なんて指摘された。
言われて慌てて席を立った俺は、会計分の小銭を机に置き、そのまま店を後にした。

なんなんだこの気持ちは。