日暮れの理事長室に影がふたつ。
窓辺に佇み外を眺める燐と、燐を椅子に腰掛けたまま眺めるメフィスト。
「───燐」
「……」
ふとメフィストが名を呼べば、返事は無いものの、燐はメフィストを視界にいれる。
「少し、こちらに来て頂けませんか」
ちょいちょい、と手招きすれば珍しくも燐は素直に従う。
あっけなく自らの傍に寄り添った燐に瞠目しながらメフィストは苦笑した。
傍にいる燐の腰を抱き寄せ、椅子に腰掛けた自身の膝の上へ招く。
「今日はやけに素直ですね?」
揶揄すれば、無言のまま燐はメフィストの首元に両腕を回し抱きついた。
「…気が向いた、だけだし」
そう言ってメフィストの香りを楽しむようにじゃれつく、愛らしい燐の行動にメフィストは困惑する。
「貴方は本当に──」
「? んっ、……」
先の言葉は告げず、性急に燐の唇を奪う。メフィストが深く舌を絡め翻弄すれば、苦しげな息を吐き出しながらも懸命に縋りついてくる。
クチュクチュと室内に響く濡れた音。燐の頬が、ほんのりと羞恥に染まるのを見て、メフィストは恍惚と息をつくように燐を解放する。
「は、ぁっ…」
メフィストにとっては戯れ程度の、そんなキスだけであっけなく腰砕けになってしまった燐を愛おしげに見つめながら、もう一度だけとさらに強く抱き寄せ今度は触れ合うだけのキスをおくる。
「最も醜いのは人が人を愛している瞬間、だと云いますが、それは悪魔でも同じなんですかね」
「……いきなりどうしたんだよ」
突然わけのわからないことを言いだすメフィストに困惑しながら、燐は眉を顰める。
「いいえ、どうもしません。…ただ」
「ただ?」
オウム返しに聞き返す、美しく澄みわたった碧の双眸をみつめながらメフィストは恍惚と言い放つ。
「──ただ、貴方が愛おしい。それだけです」
未だ納得がいかないと言うように不満げな燐だが、メフィストにこれ以上聞いてもまともな答えなんて返ってこないし、もっとおかしな言葉が返ってきそうだったから、やめておいた。
その選択は正しいだろうが、メフィストにとっては少し物足りなかったのかもしれない。
The moment when a person loves people is the ugliest.
(人が人を愛している瞬間が最も醜い)
Title by.雲の空耳と独り言+α