□拍手log
支配する吐息ともうひとつ。
翻弄され続ける吐息が、静かな場に響き渡る。
絡み合う水音はとても淫靡ですらあり、こんな中理性を保ち続けるなんて無理な話だ。
燐の無駄に艶やかな乱れ様を至近距離で見つめながら、雪男は薄っぺらな自身の理性と戦っていた。
──何故兄は、こんなにも淫らなのだろうか。
どうして自分はこんなにも、この兄に欲情するのだろうか。
「………兄さん」
雪男が触れ絡め合う口唇との狭間で呼べば、燐は切れぎれの荒い息を吐きだしながら瞳を揺らす。
「ぁ、……? なに、ぃっ……」
キスだけで呆気なく快楽に蕩けてゆく燐に、雪男は軽い眩暈を覚える。
──やはり悪魔なだけあるのだろうか?
雪男が、呼び掛けたくせに中々口を開かないものだから早く快楽を与えてほしくてたまらない燐は、まるで催促でもするかの如く、シュルシュルと自分の尻尾を彼の二の腕に絡め着かせる。
「…………好きって言ってよ。僕のこと、好きだって」
「は……ぁ、?」
促す尻尾の淫らな動きに呆れながらも発した雪男の言葉は、燐の予想を優に超えていて、尻尾の動きが燐の思考を体現するかのようにピタリと止まってしまう。
そんな恥ずかしいセリフ、思いが通じ合った今でも恥ずかしい! ──林檎のように真っ赤になってしまった燐の表情は、そう物語っていた。
しかし表情での主張は虚しくも無視され、雪男はもう一度同じような頼みごとをする。
「ねぇ兄さん。好きって言って?」
「そっ、そんな、こと……!」
「そんなこと?」
雪男の恥ずかしげもなく余裕綽々に聞き返す態度はもはや、燐のキャパオーバーしてしまった感情を逆撫でただけだった。
「だ、大嫌い……!」
「は?」
「雪男なんか、大嫌いだ!」
これが、雪男の首根っ子に縋りつきながら、まっかっかになって言うセリフだろうか。
──燐が雪男に吐いた、あまりにも可愛すぎる嘘。
「僕の事嫌いなんだ? じゃあ、ちゃんと好きになってもらわなきゃいけないね」
──今日は、何をして遊ぼうか。
ニッコリと笑みを浮かべながら、耳元で囁く雪男。燐は青ざめながらも明日の自分を思い……描けなかったらしい。
嘘つきには粛正を。
甘いあまい粛正を。
……胸焼けには、ご用心。
Title by.夢紡ぎ