初めて見るあいつ
「ファイトーーーーっ!!」
あいつの声が、コート中に響きわたる。
主将の投げたボールが、スパンっと気持ちのいい音を奏でた。
歓声が、あがる。主将はいい笑顔で、マネージャーの絵美を見た。
それに可愛らしく微笑み返す彼女は私の親友である。
長い髪は高い位置で一つにまとめられ、ダサいはずのジャージも輝いて見えるほど可愛い。
そんな彼女に目を奪われるのは私だけじゃない。
さっき大きな声を出していたあいつ、高田千里だって、絵美を見つめている。
…絵美のことが、好きだと思われる。
我が小金山高校はバスケの強豪校。男子バスケットボール部の部員は70人を超えている。
しかし、その中から試合に出れるのはたった5人。ベンチに座れるのだって、たった数人。
「コート」という舞台を目指し、彼らはとてつもない努力をしていた。
その中でも才能が光るのは主将の天野崎圭。絵美の恋人だ。
そんな絵美に誘われ、来てみたはいいものの、ルールもわからない私は得点板とにらめっこしているだけだった。
そんな私の目にとまったのは、全力で声を出すあいつ。
茶色の混じった短髪を汗で濡らして、楽しそうに応援する彼に、私は釘付けになった。
気づけば、もう第4クォーターも後半に突入していた。
得点差は、30。
小金山が圧倒的に有利な状況だった。
安心して声が小さくなっていく応援の中、懸命に声を出している。
…かっこいい。
いつも喧嘩ばかりしているあいつが、こんなに輝いて見えたの初めてだ。
結果は、小金山の圧勝。
選手も観覧者もばらばらと散っていく。私も帰ろうとしたとき、絵美に声をかけられた。
「夏希ー!どうだった?」
「えっ?うん、凄かったよ」
「迫力すごいでしょ?圭、かっこよかった!」
絵里が笑顔で惚気始める。はいはい、と相槌を打ちながらぼーっとあいつのことを思い出した。
あの声が、顔が、頭に残る。
いつもなら微笑ましい絵美の惚気も、なんだか千里に申し訳なくって、聞くことができない。
生返事しかできず、その日は去っていった。
その、翌日。
教室の扉を開くと、全力でシャーペンを走らす千里がいた。
まだ早い時間だが、私はいつも余裕を持って登校している。いつもは誰もいない教室にあいつがいて、不覚にも胸が高鳴った。
…、胸が、高鳴る?
「何してんの?」
「っやばいんだよ!この課題提出しないと部停になんの!!」
いつになく真剣に机に向かう千里を私は何もせず、ただただ見ていた。
静かな教室に、シャーペンの音が小さく聞こえて、心地いい。
このままいるのもな、と思って口を開いた。
「ま、がんばれ」
「………は?」
私が小さくそう言うと、必死に走らせていたペンを止め、顔を上げた。
きょとん、というような顔で私を見つめる。
「え、何」
「いやさ、お前…いつもベンチのくせにって笑うじゃん」
そう言われ、ハッとした。
そうだ。私はいつもそんなこいつを馬鹿にし、ほくそ笑むような嫌な奴だったじゃないか。
急に恥ずかしくなり、顔から火が出るみたいに熱くなった。
「べ、別に、気分だからっ!」
早足で自分の席へと急ぐ。…まあ、千里の隣の席だからすぐ近くなんだけど。
すると彼は少し頬を赤らめて、はにかんだ。
「…あんがと」
私は恥ずかしさからか嬉しさからかわからないけれど、また体温が上がって、口元が緩む。
なにこれ。まるで、私が千里のこと好きみたいじゃん。
「どーいたしまして」
ふいっと顔を背け、支度を始めた。
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