あ
「…愛羅?」
悠が私の様子を伺う。
それもそのはず。なんたって私は今最高に気分が悪い。
朝から私は一生分の不運を使い果たしたような災難にばかり見舞われているのだから。
朝は水撒きをしていたおばさんが手を滑らせ水が靴下を濡らし、その後工事現場から砂が降ってきてまだところどころざらざらする。
授業に至っては毎時間毎時間指される悲劇。
昼食ではせっかくのお弁当を落とし購買も全て売り切れ。…食べられなかったのだ。
…それだけなら、それだけならまだいい。
最悪だった、で終わらせられる。
けれど、…よりにもよって彼氏の浮気現場を見ることになるなんて…!
何を隠そうその彼氏こそこの悠である。
私は悠を思いっきり睨み付け、ぷいっとそっぽを向いた。
あの事件は昼休みに起こった。
昼食を無くし、友達には食欲がないで通した昼休み。
腹の足しにはならないだろうがそれでもと飲料を買いに中庭に出た。
そこで聞こえたのは、緊張した女子の声。
…そう、告白現場。
人間、好奇心には勝てない。
こっそり、ばれないように盗み見ることにした。
その女の子は目立ちはしないもののなかなか可愛い子だった。
これは男もデレデレだなと確信し、身を潜めた。
そして、盗み見てみれば…
告白されていたのは山崎悠で、キスをしていたのです。
そして、冒頭に至る。
今日はお互い部活が無いということで悠の家で小さい勉強会を開くことになった。
「なー、愛羅ー。ここわかんねー」
「…教科書見れば分かるでしょ」
ノート片手に近づいてくるこいつを冷たく突き放す。
少し申し訳なく感じたが、我慢我慢。
「愛羅なんで不機嫌なんだよー」
笑いながらそう言ってくる。
いつもならそれでどうでもよくなってしまう今日はそうはいかない。
「…さあ?」
自分の声色に驚いてしまった。
冷たい。冷たすぎる。不機嫌丸出しじゃないか…!
だんだん恥ずかしくなってきたが、ここで引くのは悔しい。
全く頭に入ってこない問題を適当に終わらせていった。
「…愛羅」
ひどく低い声に肩が跳ねた。
うわ、こんな声聞いたこと無い。悠くんは堪忍袋の緒が切れちゃったみたいだ。
「言ってくんねぇと分からねえよ」
向かい合っていたのを悠は立ち、私の後ろに回りしゃがみこんだ。
背中から伝わる体温。お腹に回された腕。ああ、抱き締められてるんだ。
「ね、俺何かした?」
聞こえた声はどこか寂しそうで。
「…俺のこと嫌いになった?」
ずるい質問。嫌いなんて言えない私も私なんだけど。
「…悠、女の子とキスしてたでしょ」
「は?…あー」
ほら、見に覚えあるんじゃない。私はお腹に回された腕を思いっきりつねってやった。
後ろから苦痛の声が聞こえる。ふん。いい気味だ。
「いや、違う!…や、されたけど!」
「…された?」
その言い回しにちょっと期待してしまう。
いやいや、だめだ。ぬか喜びの可能性だってあるぞ。
「今日告白されてさあ…。断ったのにその子なかなか諦めなくって。不意をつかれちゃったのよー…」
私の肩に顔を埋め、腕に力を込める。
「…ほんと?」
それだけで信じてしまえばいいものを。全く可愛くないな。こんなの誰でも浮気したくなるわなあ…。
「ほんと、信じて」
少し悲しそうな声色。
「…嘘だったら殴るからね?」
「こえー。こりゃしたくてもできねぇな」
こら、と頭を突く。軽く突いたつもりがかなりのダメージを与えてしまったらしい。頭を抑えて唸る姿に笑ってしまった。
「うーそ、愛してる」
「…クサいよ」