「ねぇ、あきらぁ。」
…セックスした後って、どうしてこうも気だるいんだろう。
「んー?」
面倒な話だったら、なるべくやめてほしいな。
「あたしのこと、好き?」
…あぁ、それだったら、答えは簡単。
「うん、好きだよ。」
こういう掛け合いは、定番でしょ?
「…はいはい、嘘ばっかり。」
ってそれ、いつも言われるんだよね〜。
「うーん…どうかな?」
否定はしないよ、話が長引くと疲れるし。
「もぉー!!」そうそう、そうやって優しく流してくれると嬉しいな。
…でも嘘、ついた訳じゃないよ。
好きなのは、本当。
可愛くて、優しい女の子は、みんな大好きだから。
軽いって言われるけど、心外だよね。
博愛主義者なだけなのに。
あぁ、そうそう、あと、物分かりも良い方がいいかな。
別れ際は特にね。
「あっ、ほら、やっぱり。」
帰り支度を始めた俺を、彼女が上目で軽く睨んだ。
「晃ってば、いっつもすぐ帰っちゃうんだから。」
…うーん。
出すもん出したら、急に現実に引き戻されるんだよね。
ごめんね…ひどい男で。
「ん〜、ほら、俺さ、門限あるからね〜。
…なんかいくらいきがっても、まだ誰かに庇護されなきゃ生きていけなくて、あぁ…子供なんだな、って。たまに情けない気持ちになるよ。」
シャツのボタンを掛け合わせながら、軽く目を伏せて、申し訳なさそうに笑ってみせる。
「晃…。
って、騙されるとこだった!
もう、どんどん女の扱いだけ上手くなっちゃって…悪い子だなぁ。」
そう言いながらも目は微笑っていて、彼女はスッと鞄を差し出してくれた。
やっぱりいいなぁ、大人の女性はおおらかでさ。
「ひどいな〜、これでも見た目よりは真面目なのに。」
差し出された鞄を受け取ると、軽く目配せしながら答えた。
「はいはい。」
あぁ…いつもの事だけと、別れ際って苦手だなぁ。
なんか悪い事してるみたいで。
「じゃあね、莉央ちゃん。
寂しくなったらいつでも呼んでね〜。」
軽く手を振ると、曖昧に笑い返した彼女からすぐに目をそらした。
寮に向かう足取りは重くて。
あぁ、帰りたくないかも、なんて少しだけセンチメンタルな気持ちで空を見上げた。
そう言えば、さっきは内心帰りたくて仕方がなかったんだっけ、俺。
自嘲する様に出た笑いを、喉の奥で噛み殺す。
やるせないこの気持ちの理由なんて、本当は解りきってるのに。
…そう、解りきってる。
どこにいても。
誰といても。
ずっと考えてる。
君だったらいいのに、君だったらいいのに、って。
他の女の子にその面影を重ねて。
だけど、いざ君の前に出ると、どうしていいか分からなくなるんだ。
その瞳に見つめられると、苦しくて。
その声で呼ばれると、切なくて。
君はとても、綺麗だから。
薄汚れたこんな自分が、気安く近付いたりしちゃいけない女の子。
だから抱くんだ。他の子を。
君を想いながら。
そんな俺は、君の瞳にどう映ってる?
軽い人。
調子の良い人。
女好き。
嘘つき。
事なかれ主義で…、本当は、臆病者。
「…最低じゃん。」
フッと小さな息を吐くと、少しだけ歩調を速める。
煩く騒ぎだす、心臓。
握りしめた掌が、じわりと汗ばむのを感じた。
その角を曲がったら、寮の玄関が見える。
その角を、曲がったら。
たぶん、きっと。
君が、待ってる。
「晃。」
「なまえちゃん…。」
玄関のアーチに座り込んでいたなまえちゃんが、俺の姿を見つけ嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お帰りなさい。」
そのストレートな歓迎に言葉を返せずにいると、俺だけに向けられたその笑顔が、すぐにどこか悲し気なものに変わって。
胸の奥が、キュッと痛む。
「なんか晃、甘い…匂いがするね。」
寂しそうに呟かれる言葉。
「え?…あぁ、女の子はみんな甘いからね〜」
いつものノリで軽く返したつもりなのに、からからな喉から出た声は、不様に掠れて裏返った。
あぁ…君の前だと、調子が狂うんだ。
でも見るからに落ち込んだその姿に、込み上げてきた罪悪感と…、それから少しの優越感。
「なまえちゃんは?
こんな時間にそんな所で、何してるの?」
「あっ、あの…もうすぐ門限だから…晃、が、帰ってくるかなって。」
「ふーん…」
予想通りの答えに、緩みそうになる頬。
「待っててくれたんだ?
ありがとう、嬉しいな〜。」
俺の言葉に、俯いているなまえちゃんの顔がほんのり紅く染まったのが見える。
…可愛いな。
だけど。
可愛いがってあげれないよ。
すると、そっと顔を上げたなまえちゃんの表情が、一変して凍り付いた。
その瞳に映っているのは、きっと皮肉な笑みを浮かべた俺。
「でも、もう、やめてね〜?
迷惑なだけだからさ。」
みるみる内に歪んでいくその顔は、今にも泣きそうだったけれど。
構わずその隣をすり抜けて、寮に入る。
なまえちゃんを残して。
ひどい事してる、って、わかってるよ。
君が俺を好きだって事、知ってる。
初めて気づいた時は、すごく嬉しかったんだ。
だけど、手は出さない。
君にだけは、出せない。
泣いたって、抱きしめてあげられない。
でも、君の気持ちを揺れ動かすものは、いつだって全部。
全部、全部、俺だけであって欲しい。
君が誰かのものに
なってしまうまで
〈それまでは不毛な、両想い。〉