雪解け(倉庫) | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 手折れないもの


「破道の三十三、蒼火墜」

二人の雛森の霊骸が刀を振り下ろす直前、日番谷の耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。
蒼い炎が弾け、火柱が上がる。
次いで爆音が轟き、煙と砂埃で何も見えなくなる。
視界が明けると、周が眉を下げて、地に背を着く日番谷を見下ろしていた。
周が傍に膝を突くと、結われた銀髪が日番谷の肩にさらりと落ちてきた。

「霊骸は始末しました。治療をします」

そう言って、日番谷の血に染まった腹へ掌を翳す。
その掌から暖かい光が漏れて、周の霊圧がじんわりと傷を包んでいく。
日番谷は周の顔をまともに見ることが出来なかった。

「こんなにご無理をなさって…」

周の声が小さく震えて、日番谷が視線を動かせば、その瞳が潤んでいた。

「…悪い」
「いいえ、貴方がご無事なら、私は――」

手を伸ばして周の白い頬に手を滑らせれば、葡萄色から滴が零れ落ちる。
周の少し冷たい手が、日番谷の手に重なる。

「っ!!」

半ば本能的に、日番谷は周を突き飛ばしていた。
遅れて冷や汗が噴き出すのを感じ、肩で息をする。

「…てめぇ、霊骸だな」

日番谷の言葉に周は身を起こすと、その白い頬に涙の痕を残したまま、笑う。
普段と違わない、葡萄色を少し細め、唇は緩やかな弧を描いている、その表情。
原種と寸分の狂いもない容姿。

「ばれてしまいましたか」

周の回道で、日番谷の傷の出血は止まり僅かに治癒が進んでいる。
しかしあの瞬間、周の霊圧が一瞬殺気を帯びたのだ。
今まで感じたことのないものに、身体が本能的に反応した。
日番谷は斬魄刀を鞘から引き抜き、構える。
周が相手となれば、雛森の時のようにはいかない。
負傷した身体でどう戦うか…と考えを巡らせる。
二人の雛森の霊骸は、日番谷の背中と正面から腹を貫いた。
どう考えても重症だ。
まともな戦闘等出来る身体ではなかった。

「日番谷隊長」

周は斬魄刀を抜く素振りも見せず、ゆっくりと日番谷へ歩み寄る。
じり、と日番谷が警戒したが、特に反応を示さず、周はそのまま近付いた。
そして徐に手を伸ばすと、

「なっ…!」

何の躊躇もなく、日番谷の構える斬魄刀を、握る。

「隊長」

周の力なのか、日番谷が震えているのか、斬魄刀がかちゃかちゃと音を立てる。
強く握られた刃は、その柔らかな掌に食い込み、血が滲んだ。
銀色の刃に赤いそれが伝い、地面に血溜まりを作っていく。

「や、めろ…やめろ…っ!」

日番谷の震える声に、周は更に強く握る。
ぽた、ぽたと滴る雫の速度が速くなる。
日番谷の身体が大きく震えた。
吐く息も、指先まで震えて、喉の奥がおかしな音を立てる。
冷や汗が止まらない。
喉が塞ったかのように、呼吸がうまく出来なくなる。

「私を、斬るのですか」
「っ、」

まるで、身体に氷水を流されたような感覚が日番谷を襲った。
次に周が何を言うのか、恐ろしくなる。
止めてくれ、言わないでくれと、無意識に首を横に振る。
葡萄色の瞳が真っ直ぐに、そんな日番谷を見つめている。

「貴方の大切な、雛森副隊長を護った私を、貴方を護った私を」
「はっ…、っ……」

深く深く、どこまでも澄み切ったそれが、日番谷を捕らえて離さない。

「貴方は、殺しますか」
「っ!!」

出来ない。
例え霊骸でも、それでも。
周を殺すことなんて、斬ることなんて、出来ない。
出来るわけが、ない。
日番谷の心は、始めから決まっていた。

「やはり、あなたは――」

周の微かな呟きは、日番谷の耳には届かなかった。

「はな、せ」

斬魄刀を動かせば、日番谷が動けば、周の手は益々斬れるだろう。
この様子では、例え骨が切れようが、指が切断されようが離さない。

「――霜天に坐せ」
「っ!」

日番谷が唱えると、周が斬魄刀から手を放し飛び退いた。

「…騙すなんて、ひどい人」

言いながら、周は切れた掌に自ら回道を使い、簡単に止血を施す。
日番谷は解号を唱えようとしただけだった。
斬魄刀を振って周の血を落とし、鞘に納める。
狂ったように脈打つ鼓動を鎮めようと、震える息を長く吐く。
瞼を閉じて、次に開いた時には、震えは止まっていた。
そして次の瞬間、周の姿が消えた。

「っ!」

日番谷が瞬歩を使おうとした瞬間には白い拳が飛んできて、身体を逸らす。
すぐに次が、脚が、また拳が飛んでくる。
息を吸うのも忘れる程に目まぐるしく、攻撃が繰り出される。
これまで周と本気で稽古をしたことはなかったが、隊長として、戦闘能力は理解しているつもりでいた。
が、予想以上だった。
一瞬たりとも気を抜いてはいけないことを、日番谷は悟る。

「…っ」

斜め上から降ってきた周の脚を腕で受ければ、あまりの重みに驚く。
飛んで来た拳を掌で受けるとものすごい霊圧を感じて、すぐに手を離す。
霊圧も一緒に叩き込む気だ。
受けるよりも避けた方が良い。
唯、全て避けきれる自信はない。
負傷した傷の所為で、踏み込む足に上手く力が入らない。
速過ぎて、付いていくのがやっとだった。
万全な状態だったとしても、完全に見切ることは出来なかったかもしれない。

「っく……」

これだけ瞬歩を連発していても、周の速度は変わらない。
寧ろ、速くなっている気さえしていた。
加速の仕方が凄まじく、静から動までがあまりにも速い。

「瞬きしないでください」
「!…ぐっ!」

日番谷の肩に、周の拳と霊圧が叩き込まれる。
傷が塞がり切っていない日番谷の腹に、鋭い痛みが走った。
血の滲む生温かさに、奥歯を噛み締める。

「っ!」

足を払ったかと思うと、日番谷の身体が着地する前にそのまま脚を振り上げ、地面に叩き付ける。
日番谷の口から苦痛の声が漏れた。

「くっ…」

肩の骨と、腱がいったか――日番谷は肩を上げようと試みたが、叶わない。
右肩ではなく、左肩にしたのは態とか。

「隊長は、白打よりも斬術の方がお得意でしょう」

緩く構えたままだった周が、斬魄刀を鞘から抜いた。

「隊長はお怪我をされていますから、貴方の得意分野に切り替えましょうか」

そう言うと、いつも僅かにしか感じられない周の霊圧が、一瞬膨れ上がる。

「天水満ちて月宿る――明鏡止水」

周の握る柄から、柔らかな光を放ちながら波紋のようにそれは広がって、柄、鍔、刀身、全てが白銀に変わる。
純白ではない、周の髪色と同じ、白銀。
刀身が少し長く細身のそれは、華奢な身体と均衡が取れているように見えるが、身体に対して少し長い。
美しく妖しく光る白銀のそれを緩く構える周に、日番谷は肌が粟立つのを感じた。
さらさらと、水が流れるような音が耳に入る。

「あいつより、随分好戦的で饒舌だな」
「はい、霊骸はそのように作られていますから」

周が始解したならば、こちらもするしかないと、日番谷は斬魄刀の柄に手を掛ける。
流水系の彼女の斬魄刀よりも、氷雪系の氷輪丸の方が有利だろう。
血を流すことなく、決着を付けることが出来るかもしれない。


 / 戻る /