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 最果ての体温


「こんにちは、阿散井副隊長」

いつものように微笑み、いつものような口調で彼女はそう言った。
まるで平時のそれと何ら変わりなく、書類でも渡されそうな雰囲気だが、彼女は手ぶらで、腰に斬魄刀を帯びている。
緩い風が吹いて、一つに結われた彼女の長い銀髪が揺れる。
動く度に反射で光り、緩やかに靡くそれは、水の流れを思わせた。

「周さん」

こんな風にまともに対峙したのは随分前のことだ。
以前の彼女には、次の瞬間には消えてしまいそうな危うさがあり、そんなところから幼馴染のルキアと重ねて見ていたこともある。
いつの間にかその危うさはなくなり、ルキアと重ねることもなくなった。
多分、彼女もそれを分かっている。

「あんた、霊該だな」
「はい、そうです」

彼女はあっさりと認めた。
一角さんの霊該がいるならば、彼女の霊該もいるのだと思っていた。

「運が良いぜ。俺は一度あんたと戦ってみたいと思ってたんだ」

戦いに気持ちが高揚するのは元十一番隊だからと言うのもあるが、この人を前にしたそれは少し違う。

「そうなのですか?」
「まともに戦っているところは見たことがないっすから。副隊長は大体そう思ってる。あんたは副隊長の相手を頑として断るから」

彼女の上官を何年も務めている乱菊さんですら、彼女の底を知らないと言う。
挑めば断られる為、副隊長は誰一人彼女とやり合ったことがないのだ。
俺も過去に合同稽古で何度か相手を頼んだが、一度も首を縦に振ってもらったことはない。

「一角さん、あんたに一度も勝てたことねぇんだろ?」

以前、やけにむしゃくしゃして酒を飲むのが早いと思った時に漏らしたことだった。
まさかとは思ったが、彼女の死神歴は一角さんのそれを遥かに超えていると言う。
あの人がそんな冗談を言う筈もないことから、事実なのだろうと思った。

「あの人が一度も勝てねぇってことは、どう考えても三席の実力を超えてる」

一角さんが三席に収まっていることすら可笑しなことだと言うのに、それを上回るのだと言うなら、戦ってみたいと思うのは当然のことだった。

「長く死神をしていますから、それ程驚くことではありません」

長く死神をしていたところで、一生末席官なんてことは珍しいことではない。
年数や経験、努力だけではどうにもならない、才能と言うものがある。
日番谷隊長のように、時間や経験等関係なくあっという間に上に上り詰める天才もいるのだ。

「それに、木刀ですから。斬魄刀でしたらお断りしますよ」
「どうして」
「何故そんなことをお聞きになるのですか」
「そりゃ知りたいっすよ、あんたは強いから」

戦ったことはない、木刀ですら打ち合わせたことはない。
けれど分かる。
彼女の持つ雰囲気は、どことなく朽木隊長に似ているところがあった。
表情や人当たりはまるで違うし、言葉では上手く説明することは出来ないが、確信はあった。

「何故、副隊長のお相手をお断りするのか、ですか」

俺が引かないからか、彼女は息を吐く代わりにゆっくりと瞬きをした。
瞼が上下すると、白銀の睫毛と葡萄色の瞳がちらちらと光った。

「決まっているでしょう、殺したくないからです」

いつもと同じ微笑み、口調、声色なのに、寒気が背中を走るのを感じた。

「副隊長となると加減が難しく、勢い余ってしまいます」

そして、どこか懐かしそうに目を伏せる。

「三席に就いたばかりの頃…百五十年程前でしょうか。装置を外したばかりで加減が出来ず、幼児の身体と霊圧がうまく均衡を取れていなかったあの頃。前隊長が間に入ってくださらなければ、前副隊長を殺していました。それ以来、副隊長のお相手はお断りしています」
「装置?幼児?何のことだ…?」
「貴方が知る必要のないことです」

理解が追い付かず問うが、彼女は俺を見てにっこり笑う。

「貴方はこれから死ぬと言うのに、知って何になるのです?」

まるで少女のような無垢な瞳で、俺を映して笑っている。

「霊該の私は、貴方が死のうが何も困りはしない。ですから、お相手していただきます」

初めて、彼女が動いた。
半歩踏み出した彼女と同じように、一歩前に踏み出し、斬魄刀を鞘から抜いた。
しかし彼女は、柄に手を掛けることすらしない。
殺気は愚か緊張感もまるでなく、現実味がいまいち湧かず、おかしな気分になる。


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