雪解け(過去・番外・後日談等) | ナノ
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 取るに足らない話(02)


「多分、あまり持たないでしょうね」
「俺もそう思います」

俺が放った六杖光牢は、間違いなく虚に命中して、現在虚を拘束している。
しかし、光の帯はぎちぎちと音を立てていて、虚が動く度に小さなひびが入っている。
今回の任務は、対象の虚の捕獲任務で、昇華せずに技局に引き渡さなければならない。
昇華しないと言っても、丸ごとと言うわけではなく、対象の身体の一部で良い。
十三番隊の部隊が前回捕獲に失敗してから二日だが、その間に魂魄や虚を随分喰ったのか、思った以上に大きく強力に成長していた。
おまけに喰らった虚の中に特殊な能力を持った個体があったのか、再生能力まで身に着けていた。
身体の一部を持ち帰ろうにも、再生する為、それが難しい。

三席は、反対側で他の虚と戦っている笹達を、対象の虚を、それから一塊になって怯えたように此方を見ている住民達を見る。
此処が流魂街だということもあって、三席は成るべく家屋や住民に被害が出ないよう心がけていて、周囲に結界が無数に張られている。
三席は、周囲に被害を出したくない時、時間や戦況に余裕があると、この方法をよく使う。

「どうしましょう、応援を呼びますか」

珍しく三席が考えていると思われる時間が長かった為、提案してみる。
しかし、三席は首を横に振った。

「私が捕らえます」

その言葉に、少し驚く。

「他の虚と、八席達をお任せしても宜しいですか」

その言葉に、更に驚く。
三席は任務の際、基本的に一つのことに集中したりしない。
成るべく全体を見渡せる場所で、いつでも誰かを助けられる位置と気持ちで、戦っている。
それは恐らく、部下が傷付くのを避ける為だと思う。
自分を盾にして、部下を助けて、庇う三席を、以前隊長が気にかけていたことは知っている。
けれど、最近になって三席のそれは随分治まっていて。
それでも、今の言葉には驚きだ。
何故なら三席は、今まで俺に任せても良いかなんて言ったことがない。
それは、俺を信用していないからとかではなく、多分、俺が傷付くことが嫌だから。
自惚れではない、三席はそう言う人だ。
それなのに三席は、部下達のことを俺に任せようとしている。

「…分かりました」

頷けば、三席は笑って「無理はしないでください」と言う。
捕獲対象の虚以外は追加給金ではない為、そう時間もかからず片付けられるだろう。
虚が雄叫びをあげて、また光の帯にひびが入る。
俺が笹達の応援に行こうと地面を蹴るのと同時に、三席の霊圧が一瞬にして大きくなった。
あまりの威力に風が唸りを上げて吹き抜け、瞬歩の着地を誤りそうになる。
今まで色々な上官の部隊で任務に就いてきたが、この席次の死神で、こんなに大きく強い霊圧を感じたことはない。
それでも多分、まだ底なんかじゃない。
その証拠に、結界にはひび一つ入っていない。
普段殆ど感じない三席の霊圧を、ここまで強く感じるのは初めてのことだった。

三席は斬魄刀を解放した。
斬魄刀の能力は積極的に周囲に言うものではないけれど、三席の場合は百年以上も解放していなかったと言うのだから、その能力を知っている死神はごく僅かだろう。
それからはあまりにも速くて、目が回りそうになって、気が付けば終幕を迎えていた。
俺の放った六杖光牢が破られ、三席は詠唱をしながら攻撃を開始した。
そして、虚の再生よりも速く、結界で捕縛、更にもう一重結界を張り、三席が作り出した水の檻が結界を覆った。
水の檻と結界の中で、虚の片腕は再生することが出来ずに苦しげにもがいているように見えた。

残りの虚を片付け、笹達を引き連れ三席のところへ駆け寄る。
聞けば、結界だけでは破られてしまう可能性がある為、三席はそこへ水圧を掛けたのだという。
高い圧力が掛かれば、結界を破ることは難しい。
そしてその圧力は、虚の肉体が再生することを食い止めていた。
水圧に加え、結界は三席の完全詠唱だ。
笹が興奮して称賛すれば、三席はいつものように「年の功です」と笑う。
何というかこの人は、霊力も技も、色々とすごい人なんだと改めて感心する。
それなりの時間を傍で過ごしている筈なのに、未だに底を見たことすらない。
本当に、どうしてこの人は三席なんだろうか。

技局の局員は、三席が捕獲した方法にとても満足している様子で、怪しい笑みを浮かべて虚の片腕を局内へ運んで行った。
その帰り、十番隊の隊舎への帰路で、後ろを歩いていた三席が俺を呼んだ。

「支倉五席」
「はい」

いくら三席でも、あれだけ沢山結界を張って、虚と対峙して、多少は霊力を消耗した筈なのに、そんな様子は全く見せずにいつものように笑って、

「異隊、しませんか」

そう言った。

「え?」

突然の言葉に驚いて、思わず聞き返す。
どうしてこの時機なのかは知らないけれど、三席は少し不思議なところがあるから、いまいち理解が出来ない。

「先日の三番隊との合同任務での貴方を見て、引き抜きたいと、戸隠三席から相談を受けました。席次は四席、部隊長を任せたいそうです。貴方が頷けば、上に話を持っていくとのことです」
「お断りします」

僕の言葉に、三席は僅かにその葡萄色を見開く。
けれど、驚いているのは三席より、返事をした自分だ。
自分の発した言葉に、それを聞いて、驚いたのだ。
断ったのは、このままが良いと思ったから。
三席の部隊の隊士でいたいと、咄嗟に、何の躊躇もなく思ってしまったから。

「良かった」

三席が、安堵したように言う。

「お断りしてくれないかしら、と思っていたんです」

そう言うことを口に出すような人ではないと思っていたから、その言葉にも驚く。

「ごめんなさい。でも、五席にはここにいていただきたくて」

俺は、三席に好意があるわけでも、三席の為に命を懸けるなんてことも出来ない。
俺には護りたいものも、目標も、目指す人も、敬愛する人も、何もない。
だけど、誰かに何かを任されるのも、悪くないかもしれない。
いつか、誰かの為に、何かの為に、何か大切な護るべきものの為に。
命を懸けて戦うのも、悪くないんじゃないかと少し思った。
いつかそう思える日が来るのも、良いのではないかと思う。

多分、今までで一番長く所属しているのがここ、十番隊で、さっきの言葉通り、今のところまだ異隊するつもりはない。
多分、俺はこの隊を、三席という上官を、意外と気に入っているのかもしれない。



取るに足らない話



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