雪解け(本編壱) | ナノ
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 15 世界は色を持って生を成す


「日番谷隊長、荻野三席が十三番隊に異隊されるというのは本当ですか?」

彼女の十三番隊への異隊及び昇進の辞令が下ってから間もなく一週間、今やその話題は十番隊だけでなく護廷中に広がっていた。
誰より長く十番隊にいて、誰より十番隊を大切にしてきた彼女が、今まで何があっても十番隊から離れようとしなかった彼女が、異隊をするかもしれないと言う情報は、護廷中を驚かせた。

「荻野三席が十番隊を離れるなんて、そんなこと、信じられません!」

こうして十番隊の隊士達も自身や松本に迫り、真意を聞こうとする。
本人に聞いたという隊士もいたが、いつものように笑って受け流されてしまったそうだ。

「悪いが俺は何も聞いていない。これは本人が決めることだ。俺から何も言えることはない」

何度目になるか分からない同じ返答をすれば、何度目になるか分からない同じ表情をして、隊士が頭を下げて重い足取りで仕事に戻って行った。
こんなにも自分を必要とする隊士が此処にいると言うことを、彼女は知っているだろうか。
自身が決まり台詞のように同じこと言うと眉を下げる隊士達は、誰より彼女を頼りにし、慕ってきたのだろう。
それだけ、彼女は良く出来た三席なのだ。

過去には、白打と歩法の技術の高さを見込まれ二番隊から声がかかり、均衡のとれた戦闘能力から、いくつもの隊から声がかかったこともあると聞く。
十三番隊から声がかかるのも、三度目だとか。
たった一年で上官面をするつもりはないが、彼女の実力と人柄ならば、何処の隊に行っても上手くやっていけると思う。

「任務完了、全員帰還しました。負傷者無し、通常業務に戻ります」
「ああ、ご苦労だった」

周囲から色々と聞かれているであろう当の彼女は相変わらず笑って仕事をしている。
以前より怪我が減ったことから、自身の言葉を受け止めてくれたのだろうと思い安堵する。

彼女はもう決意を固めたのだろうか。
期限は今日迄、辞令を受けるか受けないかは、上官に伝えるか、直接総隊長に返事をしても良い。
もし、彼女が自身に辞令を受けることを言いに来たとして、その時引き留めずにいられるだろうか。
正直、自信がない。
それでも、彼女の為を思うと自身もそろそろ決意を固めなければいけないとも思う。

唯、何をしても、あの夜思わず彼女の髪に手を伸ばした時の感触が、彼女を抱き締めた時の温もりが、彼女の泣き顔が、涙を零す彼女の葡萄色が、決意を固めた彼女の微笑みが、瞼の裏に張り付いて離れない。

定時が近付き、期限が間近に迫る。
彼女が、少し席を外すと執務室を出て行った。
それを、引き留めることは出来なかった。
行くなと言うたった一言が、言えなかった。

「隊長、本当に良いんですか?!」

松本が勢いよく机に手を付いて、湯飲みが倒れそうになるのを支える。

「……ああ」

松本が珍しく感情を露わにし、恨めしそうに此方を見ているが、それに驚いている程の余裕はなかった。

「あの子、自分には十番隊しかないって言ってましたよね」
「…ああ」
「あたし思うんです。あの子には十番隊が必要だった。それは十番隊も同じなんじゃないかって。十番隊にもあの子が必要だって」

そんなこと、充分に分かっている。
十番隊には彼女が必要で、隊士達にも彼女が必要だ。

「この間、あの子には隊長しかいないって、あたし言いましたよね?」
「…ああ」
「それも同じですよね」
「は…?」
「あの子には隊長しかいないように、隊長にもあの子しかいないでしょう!」
「!!」

思わず目を見開いて、松本を見れば、眉を下げて笑っている。

「――ああ、そうだ」

ああ、こんなことを副官に気が付かされるなんて。
情けなくて、可笑しくて、自嘲的な笑みが零れる。
彼女に自分が必要かなんて、分からない。
そんなことはどうだって良い。
唯一つ確かなのは、自分には彼女が必要だということ。
それだけ分かれば、充分だった。

「少し出てくる。頼んだぞ」
「…はい!」
「ありがとう、松本」

この借りは、恐らく何十倍にもして返さなければ、永遠と文句を言われそうだ。

公私混同、隊長が隊務に私情を挟むとはなんたることか。
こんな感情を知らない、手に負えない、きっとどうにも出来やしない。
分かっていることは、この激情は、いつもの諦めで何とかなることではないと言うこと。
これだけは、諦められない。
仕方がないと、どうしようもないことだと、諦めたくない。
決して、手放したくない。

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