雪解け(本編壱) | ナノ
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 10 安らかなる終景


「此処は寒いだろう、一緒に来い」

そう言ってあの人は、あの場所から私を救い出してくれた。

「今日からお前の名前は、荻野周だ」
「荻野、周?」


私に名前を与えてくれたのも、あの人だった。
あの人の名字と、あの人が付けた名前。

「今日からお前は此処で暮らすんだ」

居場所を与えてくれたのも、あの人で。
十番隊の隊舎と、十番地区にあるあの人の自宅を行き来して育った。

「お前には霊力がある。だから、自分の身は自分で守れ」

闘い方を教えてくれたのも、あの人。
自分の身の守り方、仲間の守り方。
自分の知識と能力を、全て私に注いでくれた。

何一つ、忘れることはない。
初めて会った時の驚きも、全てを許してしまうような笑顔の眩しさも、私に触れる手の温かさも、与えてくれる不器用な優しさも、私を包む霊圧の心地良さも。
あの人の顔を、瞳を、髪を、手を、香りを、霊圧を、全てを。
刀で肉を貫く感触も、血の生暖かさも、乱れた呼吸の音も、何もかも。
身体の全てに刻み込まれて、決して離れることはない。

「大きくなったな、周」

生きて行くのに必要なもの、今の私を作り上げているもの。
生きる喜びと、生きている喜びと、生きたいと思う気持ちと。
嬉しさを、喜びを、温かさを、優しさを、幸せを。
全部、全部、全部、全部、全部。
あの人が教えてくれたのに。
あの人が与えてくれたのに。

私を救ってくれたあの人を、
私の全てだったあの人を、
あの人の全てを私が、
私に生を与えてくれた、あの人の生を奪った。
私は、あの人の、全てを奪った。
私は、あの人を、あの人の、何もかもを。
私は、わたしは、ぜんぶわたしが。

「お前髪は、夜の方が綺麗に見える」

思い出したのは、あの人の言葉ではない。
あの夜の、彼の言葉だ。
何故、思い出すのだろう。
彼の言葉を、声を、微笑みを、眼差しを。
何故あんな顔をするの。
悲しそうに目を伏せたと思えば、怒りに眉間に皺を寄せ、そして意味も分からず微笑んで。
彼とあの人を重ねていたわけではない。
彼とあの人は、正反対のようだ。
似ても似つかないのに、何処か似ている気がして、何処か同じものを知っている気がして。

この百年余り、私は唯、生きてきた。
生きてきたなんて大袈裟なものではなく、勝手に時が進んでいただけ。
空っぽのまま、何もないまま、それを望んで、それで良いと思って、そうでないといけないと思って。
たった一つの生きる理由を自らの手で消して、それから、理由がなくなって。
けれど私は、理由がないと生き続けることなんて出来なくて。
だけど死にたくはなくて。
それで、理由を作った。
自分勝手なそれは、私が生きる為の理由で、支えで、罪だ。
彼が現れてから、それに違和感を覚えた。
それに気付かない振りをして、けれどそれが出来なくなって、しかしどうすることも出来ずに、どうすることも望まずに。

「隊長、」

けれどやはり、私は、私の全てはあの人で、あの人は私の全てだ。
変わらない、変えてはいけない。

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