彼が隊長に就任して数か月、私の生活が大きく変わった。
今まで乱菊さんと二人で決断を下していたことを、彼が決断するようになった。
乱菊さんに仰いでいた指示を、彼に仰ぐようになった。
担当していた執務が大幅に減った。
それにより残業は減り、早く帰宅出来るようになった。
人員が増えただけと言うものではない、全ては彼の能力の高さ故だ。
乱菊さんとの相性も良く、とても頼もしい。
一見正反対に見えて、実は馬が合っている。
最初はどうなることかと思ったけれど、絶妙な均衡で成り立っている。
彼は既に十番隊に慣れていて、若年であることも、経験の浅さも、霞んでしまう程だ。
隊が通常に、他隊と同じように通常に機能している。
十番隊が、少しずつ変わりつつある。
元々隊士達は真面目だったけれど、やはり隊長がいると覇気が違う。
隊長がいて、副隊長がいて、これが本来の隊の形なのだから、当たり前なのだろう。
彼は、隊士達に非常に慕われている。
十番隊が、彼の色に染まって行く。
唯、私はまだ慣れることが出来なくて。
慣れようとしていないのかもしれない。
抗う程の力はないけれど、慣れないと言う小さな抵抗をしているのかもしれない。
抵抗する権利なんて、私にはないと思うけれど。
「荻野三席?」
「、…はい」
我に返れば、五席が心配そうな表情で私を見下ろしていた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「大丈夫です、すみません」
呆けていることが多くなった。
集中力が低くなっている。
これではいけない、このままではいけない。
「予定通り、四席と六席の部隊と演習を行いましょう」
「はい」
執務の時間が減ったと言うことは、必然的に鍛錬の時間も多く取れるようになった。
彼のいる執務室に滞在する時間が減ると思うと、胃の辺りが少し軽くなる気がする。
心も身体も付いて行けないのか、最近身体がおかしい。
食欲がない。
元々あまり食べるほうではないけれど、空腹は感じていた。
今は、身体が受け付けようとしない。
まるで、身体が生きることを拒絶しているかのようだ。
彼が現れる前までは、こんなことはなかった。
何も変わることなく、毎日が過ぎていったのに。
何もなかったのに。
彼が悪いわけではない、悪いのは、愚かなのは私だ。
それなのに、私はどうしても、分からなくなってしまう。
百年以上変わらなかったことが、変わっていく。
変わりたいのか、変わりたくないのか、分からないけれど、それでも彼は、あっという間に変えていく。
私にはついていけない。
やっぱり、また、世界は私を置いて行く。
寒いのも、冷たいのも、嫌いだ。
「たいちょうのて、あったかいです」
「そうだろ?霊圧のおかげか、俺はいつも温かいんだ」
いつまでも過去に捕らわれている自身が、酷く幼くて、情けない。
「馬鹿みたい」
それでも結局、私には、此処しかなくて。
馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまう。
「寒くないか?」
「はい、あったかいです」
いつも曇っているように暗かったあの場所で、あの人は太陽のように見えた。
あの人がいなくなって、多分、私の世界に太陽が無くなって。
それで、多分、こんなにも寒いんだ。
真っ暗で、寒くて、寂しくて、冷たくて。
「わたしも、しにがみになりたい」
「なれるさ、お前には霊力がある」
十番隊で育ち、学んだ私にとって、十番隊が全てで。
あの人は、いなくなってしまったけれど。
でも、私には、此処しかない。
あの人が大切にしていたもの。
あの人の世界。
私に与えてくれた、あの人の大切なもの。
守るだとか、そんな格好の良いものじゃない。
私には、他に何もないから。
あの人から何もかもを奪った私に、何もないのは当然で。
私には何もなくて、私には此処しかない。
私が今まで、今生きているのは、生きていられるのは、此処があるから。
十番隊がなくては、私はきっと、生きていけない。
前 / 戻る / 次