雪解け(本編壱) | ナノ
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 02 何ひとつ絡むことなく


十番隊の執務室には、三つの机がある。
隊長、副隊長、三席のものである。
隊長と副隊長が不在だった頃は、三席が一人で執務室に席を置いていた。
しかし松本が副隊長に就任すると、彼女の希望により、三席はそのまま執務室に席を置くこととなった。
そして自身が隊長に就任してからは、他隊と同じように、隊長、副隊長の席は執務室に置かれている。
それで何故三席の机まで此処にあるのかと言うと、副隊長が三席も一緒であることを希望した(駄々を捏ねたとも言う)為に、執務室に三つの席が置かれることとなった。
つまり十番隊は、隊長、副隊長、三席が一緒に執務室で仕事をするという、異例な環境となったのだ。
執務室は元々広い造りだが、隊長から三席まで同じ部屋に席を置くことは珍しい。
三席は上位席官の詰所に移動することを希望したが、副隊長が折れなかった。
驚く程、頑として折れなかったのだ。

「だって、あの子は傍にいないと心配で……」

松本の言うあの子、三席が席を外している際理由を尋ねたところ、珍しく真面目な顔をして言ったのだ。

隊長に就任する前、過去の十番隊については大方聞いていた。
隊長はここ百年以上不在、最後に隊長を務めていたのは、荻野と言う死神だったらしい。
隊長が不在となったのは、彼が殉職したからだ。
副隊長は五十年以上前に引退、それから何十年と隊長、副隊長共に不在、その後松本が副隊長に就任した。
その数十年後、自分が隊長に就任し、今に至る。

隊長が不在となった時から、つまり百年以上前から、この隊で変わらないもの。
十番隊第三席、荻野周。
彼女は、百五十年程前から三席に就いている。
これまでに異隊、昇進の話は何度もあったそうで、実力は三席以上と聞く。
しかし彼女は全てを断り、未だに三席に就いている。
死神にとっての百年は、とても長い年月と言うわけではない。
しかし、百年以上も同じ席次に就いていることは、珍しいと言える。

「第三席に就いています、荻野周と申します」

初めて会った時からずっと、今も、彼女は笑っている。
朝も夜も、どれだけ忙しくても、松本がいくらさぼっても、書類を溜め込んでも、遅くまで残業になっても、いつも、彼女は笑って、此処にいる。

「松本、この部隊編成名簿だが、」
「あぁ、それ周の担当です」
「…こっちの経理帳簿だが、」
「それも周です」
「……昨年の決算書類だが、」
「だーかーらー、それも周の担当ですってばぁ」

「隊長ったらしつこい!」と頬を膨らませて言う松本に、手の中で筆がぼきりと折れた。

「てめぇは一体何してたんだ!」
「も〜、大きな声出さないでくださいよぉ」
「てめぇ今まで一体何してたんだ!全部荻野にやらせやがって!」
「人聞きの悪いこと言わないでください、私だってちゃあんと仕事してましたよ!この判子、誰が押したと思ってるんですか?」

書類の確認欄に押印されている、副印をびしっと指す。

「たかが判子を押したくらいで威張るな!」
「ちゃんと確認もしましたよ!」
「ほう、では聞こう。昨年の決算の最終残高はいくらだ?此処にお前の押印がある。確認したんだよな?」
「え?え〜っと、零?」
「んなわけねぇだろうが!これからは副官以上の書類はお前が受け持て、と言うかそれが普通だ!何でもかんでも荻野にやらせるんじゃねぇ!」

「え〜!」だの「ひどい!」だの松本が言っているが、無視をして松本の奥の机の彼女に声をかける。

「荻野」
「はい」
「悪いが、念の為引継ぎをしてもらって良いか」
「はい」

何も分からず隊長に就任したわけではないが、性格上きちんと前任から引き継ぎを受けなければ気が済まないのだ。
彼女は筆を置いて席を立ち、此方の机に寄る。

恐らく、松本が彼女に押し付けたわけではないだろう。
押し付けたわけでもなければ頼んだわけでもない。
彼女は誰に何を言われなくとも、これを引き受けていた。
引き受けるという気持ちもないかもしれない。
彼女にとって、恐らくそれは当然なのだから。

「昨年の備品予算の残を見ていただいてお分かりになると思いますが、例年よりも少なかった為、今年度は例年より多目の金額を支給申請してあります」
「何故少なかった」
「………」

黙った彼女の視線の先を追えば、松本が「しー!言っちゃ駄目!」と小声で訴えている。

「何故少なかった、荻野」
「乱菊さんが、さっかあなるものを裏庭で行い、隊舎の硝子を複数枚割った為です」

「サッカーよ!言っちゃ駄目じゃない!」と松本が彼女に文句を言って、深い溜息を吐く。
さっかあだろうがサッカーだろうが何でも良い。
怒鳴りたいところだが、今は引継ぎの方が大切だ。
彼女に次を促す。

「隊士の有給の件ですが、十二席が三月中に申請書類を提出するのを忘れていたそうで、今月に回しています。書類上今月有給を取得することになっていますが、先月に取得し今月は通常通り出勤する為、部隊編成もそのようになっています」
「ああ」

そう言えば、松本はしょっちゅう有給を取得しているのに対し、彼女の有給は一日も減っていない。
何年か経ち上限を超えた有給は消失してしまうが、彼女の有給はその上限の日数で、恐らく何年も、何十年も、そのままなのだろう。

「それから、先月四席の部隊が出動した際討伐した虚ですが、新種だった為技局の分析が少々遅れ、今月に入って追加給金対象だと判断されました。その為、四席の部隊には今月の給与にその給金を支給することになっています」
「ああ、分かった」

淀みなく話す彼女の言葉に頷く。
例え松本が担当する書類だったとして、彼女はこうして淀みなく答えるだろう。
彼女は、自分は愚か松本よりも、恐らくこの隊の誰よりも、十番隊を熟知している。

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