雪解け(番外掌編) | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
おもろいこと
「五番隊の平子真子言いますー。開けるでー」

静かな執務室に、間延びした、けれど柔らかい声が響いて、周は書類から顔を上げた。
扉を叩くことは愚か、返事も待たずに扉を開けたのは、五番隊の隊長だった。
これはいつものことで、執務室に誰が居ようと変わらない。

「こんにちは、平子隊長」

周が席を立ち頭を下げ、平子は気怠げな三白眼で執務室内を見回した。

「何や、周一人か」
「はい。隊長にご用でしたか」

顔を上げると、平子の長い金髪が陽光に煌めき、眩しさに少し目を細める。
平子が来ると、いつも部屋が明るくなる気がする。

「ああ。書類、ついでに持って来たで」
「ありがとうございます」

気怠そうに、仕事の用とは思えない雰囲気でも、平子は此処へ来る時はいつも十番隊宛の書類を持って来る。

「先程出られたばかりですので、戻るまで少し掛かるかもしれません」
「ほんならまあええわ。急ぎちゃうし」

少しで戻る気はしないけれど、隊長の言っていた通り、"少し"と平子に伝える。
隊長は「少し出て来る」といつも言うけれど、少しだった試しはない。
少しがどの程度であるかは人によって解釈が異なる為、もしかしたら隊長にとっては少しなのかもしれないけれど。

「でもまあ、折角来たんやし、周の淹れた茶ぁでも飲んで行くか」
「はい。すぐにお淹れしますので、お掛けになってください」

言い終わる前に、既に平子は応接用の長椅子に腰掛けていて、周は少し笑う。
頭まで背凭れに預け、自分の隊舎かのような寛ぎ振りだ。

「お待たせしました、どうぞ。宜しければお茶請けにお召し上がりください」

平子はよく此処へ来ることから、専用の湯呑みが用意してあり、お茶の淹れ方も隊長のそれとは変えている。

「おお、丁度小腹が空いたと思っとったんや。おおきに」

お茶請けの煎餅に気を良くしたのか、気怠げな顔に少し生気が宿った気がする。
背凭れに預けていた背中を上げ、湯呑みに手を伸ばす平子に会釈をして、周は先程受け取った書類を仕分けに机に戻る。

「せやけど、周は真面目やなぁ」

お茶を啜り、片腕を背凭れに投げ出したまま他人事のように言う。

「周りの大人が揃って不真面目なんに、お前は何でこない真面目に育っとんのか不思議やわ」

平子の言葉に、周は隊長と浦原、四楓院、握菱を思い浮かべるが、握菱は違うだろうと引っ込める。

「そんな真面目過ぎると、疲れてまうで」

書類の仕分けを終え、隊長、副隊長の机に書類を置く周を、平子はばりばりと煎餅を齧りながら目で追う。

「ほれ、何かおもろいこと言うてみ」

今度は承認済みの書類を確認しようとしていた周は、唐突に振られ手を止める。
顔を上げると、にやにやと悪戯を思い付いたような笑みを浮かべた平子と目が合った。
歯並びの良い白い歯を覗かせて、少し意地悪そうな三白眼が促すように見ている。
この人は、こう言う表情をしている時が一番活き活きとしている気がする。

「それは、どちらかと言えば平子隊長ではなく私が言う台詞なのではありませんか」
「は?」

周の言葉に、にやにや笑いから一変、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした平子に、周はまた少し笑う。

「関西弁の奴に面白ぇこと言ってと言うのは挨拶のようなものだと聞きました」
「はあ?何やねんそれ、誰がそんなふざけたこと言うたんや?!」
「愛川隊長が仰っていました」
「ラブあいつ、余計なこと言いよってからに」

口元を引くつかせて苦々しげに言うと、自分自身を落ち着かせるように湯呑みに口を付ける。

「平子隊長」
「ん?」
「おもろいこと、言うてみてくださいますか」

湯呑みに口を付けたままだった平子は、口内のお茶を湯呑みの中へ吐き出しかけ、それを無理矢理飲み込み、盛大に咽せる。

「大丈夫ですか」
「…っ、関西弁と敬語混ぜんなや!ちゅーか周に言われるとめちゃくそハードル上がんねんけど!」
「はぁ……る?」

聞き慣れない言葉に小首を傾げる周に、小さく溜息を吐く。

「めっちゃおもろいこと言わなあかん言うことや」

どうしてそう言うことになるのか、周には分からない。
大体おもろいことがどんなことかも分からない。
けれど平子が楽しそうに見えるから、分からないままでも良いかと自己完結する。

「平子隊長は、いつも面白いです」
「褒めてるつもりなんやろけど褒められてる気ぃせぇへんな…」

居心地の悪そうな表情をした平子に、周はまた不思議そうに小首を傾げる。

「せやけど、おもろかったわ」

白い歯を見せてにいと笑う平子が少し眩しくて、周はまた少し目を細めた。


(平子隊長、初めて書きました。大人になってから魅力に気が付いたキャラの一人です)


前へ戻る次へ