雪解け(未来編) | ナノ
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籠の中に並んだその小さな命達に、胸が震えた。
窓から差し込む温かい陽光が、祝福するように降り注いでいる。
それに反射するようにきらきら光り、眠っていた。
強くはない、淡い優しい光なのに、思わず目を細める。
まだ少し赤みのある肌は、きっと抜けるように白いのだろう。
そしてその髪は、透き通るような白銀をしていた。
何も言えず、考えられず、そろりと籠に歩み寄る。
同時に歩み寄った雛森も、同じような気持ちだったのかもしれない。

小さな、細い、儚い、弱い、生まれたての赤ん坊。
息も殺して覗き込むと、甘い香りが鼻腔を擽った。
嗅いだことのない、優しい香り。
嗅いだことがないのに、何故か安心する。
手を伸ばすとその指は震えていた。
震える指で、その小さな手に触れてみる。
思ったよりも温かくて、柔らかい。
そして不意に、その手があたしの指を握った。
見かけよりずっと強い力で、あたしの指をしっかりと握っていた。

「っ……」

頬に涙が伝い、思わず嗚咽が溢れそうになった時、先に聞こえた嗚咽に顔を上げると、雛森が涙をぼろぼろ溢していた。
そんなあたし達に、周は言った。

「乱菊さんと雛森副隊長から一文字ずつ、彼女の名前にいただけませんか」
「へ……?」
「松本、鼻水を拭け」

隊長に差し出された塵紙を取ると雛森にそれを奪い取られ、盛大に鼻をかんだけれど、赤ん坊達は眠ったままだった。

「雛菊」

まるで花弁のように、あたしの胸に降りてくる。

「彼女に、そう名付けようと思うんです」

驚いて周を、隊長を見るけれど、周は変わらず微笑んでいて、隊長は少し居心地悪そうに視線を逸らした。
多分照れている。

「あたしなんかので、良ければ」

涙声でそう言うと、

「お二人ではないと駄目ですから」

周はそう言って微笑む。

「そうですよね、隊長」
「…ああ」

短く頷いて、

「雛森、お前はどうなんだよ」

と雛森へ振る。
けれど雛森はもう言葉なんて発せられる状態ではなくて、未だに嗚咽を溢しながら何度も何度も頷いた。

「雛菊――良い名前」

呟いて、その白い頬をつんと指で突けば、薄らとその瞼が開いた。
その瞳は、周の色に青が差した、紺藍をしていた。

「男の子の名前は決めたの?」
「蒼獅郎だ」
「そうしろう…」

呟いて、先程まで雛菊が握っていた指で彼の頬にそっと触れる。
僅かに開いた瞳は蒼く、豊かな新緑を思わせた。
隊長のそれより少し緑が濃く、青が薄い、蒼色。

「良い名前だわ」

不意に、蒼獅郎の小さな唇が弧を描く。

「わらった……?」

目を閉じたまま、唇だけが微笑んだその表情、光景に、無意識に瞳から零れる。

「新生児微笑、又は生理的微笑と言うらしい」
「新生児、微笑…」

何でも新生児期にのみ見られる不随意運動の一つで、感情からくる笑みではなく、反射的に起きる微笑みだそうだ。

「蒼獅郎が笑ったのは初めてなんです。きっと乱菊さんに褒められて嬉しかったのでしょうね」
「そうなの…?」

囁くように問いかけると、蒼獅郎がそっと瞼を開ける。
その瞳に、隊長と初めて会った時を思い出す。
まだ小さかった、少年の彼を。
大き過ぎる力を抑えきれず、祖母を傷付けてしまったことにひどく心を痛めていた、優しい少年。
死神に誘った時、あたしは誓った。
この子の命がある限り、この命に換えても必ず護り抜くと。
それは、この先も変わらない。
けれど、護りたいものが増えた。
そんなこと、あの時は想像も出来なかった。
その重さに、温かさに、胸が苦しくなる。

「…っ、周さん、ひつがや、くん」

久々に喋ったと思ったらまだ全然まともに話せる状態ではなくて、しゃくり上げながら雛森は言葉を紡ぐ。
気持ちは痛い程分かるから、その背中を宥めるように撫でる。

「この子達に、会わせてくれて、ありがとう」

その瞳に一杯に涙を溜めて、泣きながら笑ってそう言った雛森に釣られて、また涙が溢れる。
抑えきれない激情が、胸を震わせる。
耐え切れない嗚咽を漏らすと、小さな手があたしの指をきゅっと握った。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

ああ――この子達に会う為に、あたしは。
漠然と、そんなことを思った。
今までそんなこと、考えたこともなかったけれど。
きっと、そう。

雪が解け始めた、春を訪れを告げるような日のことだった。



リクエストをいただいたのでワンシーンだけ書いてみたは良いけど、前後の話や特に日番谷隊長と主人公の心情は多分書けない気がして(書いたら本編が書けなくなりそう)このままお蔵入りにしそうなのでこっそり載せてみます。加筆修正、削除するかもしれません。
女の子の名前は元々決めていたのですが、男の子の名前は霙獅郎(おうしろう)にするか迷いました。
霙は氷と水の間なので。でも主人公要素は無しにした方が良いかなと思い却下となりました。
因みに雛菊の花言葉は平和、希望です。



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