雪解け(主人公×他キャラクター) | ナノ
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 きみの唇に宿る魔法(02)


苛々した気持ちをどうにかしたくて、いや、どうにかしてもらいたくて、十番隊の隊舎へ急ぐ。
どんなに苛々していても、疲れていても、どんなことでも。
彼女がにっこり笑ってくれさえすれば、俺の心は凪いでいく。

彼女の霊圧を感じて、顔を上げる。
ほんの僅かにしか感じない彼女の霊圧だが、長年片想いをしていた俺は間違えたことなんてない。
だが、こちらに歩いて来たのは彼女だけではなかった。
日番谷隊長の三歩後ろを、彼女がついて歩いている。
彼女はいつも通り微笑んでいて、少し前を歩く日番谷隊長はいつもの不機嫌そうな表情ではなく、心なしか穏やかに見える。
人気なのも頷ける、それくらい似合いの二人。

その時、彼女が何かに躓いた。
俺が知る限り、彼女が躓いたなんてことは初めてだ。
咄嗟に身体が動いたが、その前に流れるような自然な動きで日番谷隊長が彼女の身体を支えた。
彼女が体勢を立て直し日番谷隊長に頭を下げると、気にするなとでも言うように何か言っている。

「こんにちは、檜佐木副隊長」

声をかけられないでいた俺に、彼女が先に俺に気が付いた。

「お疲れ様です。日番谷隊長、周さん」
「ああ」
「お二人で出られてるなんて、珍しいですね」
「浮竹のところに行った帰りだ」

言われて見れば、彼女は斬魄刀を佩いていて、風呂敷包みを持っていた。
浮竹隊長は日番谷隊長のことを随分気に入ってるようだし、今日は日番谷隊長も話し相手にでも呼ばれたのかもしれない。

「丁度十番隊に行くところだったんです」
「そうか」

そのまま三人で十番隊舎へ向かう。
いつものようににっこり笑っている彼女に、触れたくて堪らないのを我慢する。
仕事中は、絶対に彼女に触れないと決めている。
仕事熱心で真面目な彼女を尊重する為、一度触れれば歯止めが効かなくなりそうな自分を律する為だ。
けれど彼女は、必ず俺の視線に気付いてくれる。

「今日、来て」

声も出さずに口だけを動かすと、彼女も声を出さずに「はい」と笑ってくれた。

「檜佐木」
「は、はい!」

俺と彼女に背を向けたまま、呼ばれてどきりとする。
俺の彼女の関係を、乱菊さんから聞いているかどうかは分からないが、或いはこの彼女との秘密のやり取りすら日番谷隊長には筒抜けなのではないかと思う。
日番谷隊長はあまり表に感情を出す人ではなくて(不機嫌なのはあからさまだが)、彼女と正反対の表情なのに、同じくらい感情を推し量りにくい。

「また瀞霊廷通信の特集か何かじゃねぇだろうな」
「…えっと、そうなんですけど…」
「日番谷隊長の取材ですか?」
「いえ、今回は十番隊トリオでお願いしたいんです」
「十番隊トリオだぁ?」

首だけで振り返り、日番谷隊長が片眉を吊り上げる。
それだけで凍るんじゃないかと思う程迫力がある。

「日番谷隊長、来年度の入隊希望者が増えるのではないですか」
「特集ごときで入隊を決める奴なんざ、最初からお断りだ」

彼女の助言に、日番谷隊長が面倒くさそうに言う。

「そんなことないですよ。希望者が増える程、有能な方が入隊する可能性も増える筈です。それに、日番谷隊長と乱菊さんがどんなお方か、皆さんに知っていただける良い機会だと思います」

十番隊の執務室に入り、長椅子に日番谷隊長が座るのを確認して俺も向かいに座る。

「俺はどうでも良いが、松本の人間性が露見して隊の為になるとは思えないがな」
「それは…そうかもしれませんね」

日番谷隊長の後ろに立って控えている彼女が、くすりと笑って、日番谷隊長も小さく笑う。
日番谷隊長は彼女の半分もいかない歳の筈で、十番隊の隊長に就任してまだ数年だ。
それなのに、まるで何十年も連れ添う夫婦のような、そんな雰囲気がある。

「お茶を淹れて来ます」
「ああ、頼む」

頭を下げて、彼女が給湯室に消えて行く。

「どうせ写真も撮るんだろ」
「はい、勿論お願いしたいです。付録を十番隊トリオのポスターにさせてもらえばなぁ、なんて考えてるんですけど」
「何?」

日番谷隊長がまた眉を吊り上げるから、ぎくりとする。

「特集の上にポスターだと?」
「えーっと…はい」
「隊長の大きなお写真、きっと皆さん喜ばれますよ」

お茶を盆に乗せて、彼女が戻って来る。

「あんなもん誰が喜ぶんだ」
「少なくとも、隊長のお祖母さまはとても喜ばれます」

湯呑みに口を付けた日番谷隊長が、吹き出す。

「何でばあちゃんが瀞霊廷通信を持ってるんだとは思ってたが、お前か!荻野!」
「何度かお届けしています。とても楽しみにしていらっしゃるので」

苦虫を噛み潰したような顔をした日番谷隊長に、彼女が「ふふ」と笑い、俺の分の湯呑みと、湯呑みより小さな器と匙を置いた。

「浮竹隊長からいただいたので、檜佐木副隊長も宜しければどうぞ。確か、ぷ……」
「プリンだ」
「そうです、それです」

日番谷隊長の助言に、彼女がにっこり頷いた。

「檜佐木」
「はい」
「変な小細工はなしだからな」

日番谷隊長は瀞霊廷通信の特集やポスターを既に撮影したことがあり、その際着替えさせられたことが気に食わなかったらしい。
それでも、今回のポスターの許可は降りたようだ。

「それと、余計なことは書くなよ。当然だが業務の邪魔はするな」
「余計なこと、ですか?」
「松本が適当に言ったことをそのまま書いたりするなってことだ。原稿は松本に見せずに荻野に確認させろ」
「分かりました」

結局、彼女の助力のおかげで特集の取材を許可してもらえた。
ありがたいが、二人の仲睦まじい様子を目の前で見せつけられたお陰で、プリンの味なんてさっぱり分からなかったのだった。

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