雪解け(本編弐) | ナノ
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 74 冬に生まれた心臓


この感じは、あの時以来だ。
以前、彼女が猫の下に通っていた時。
結局あの猫は笹の家で飼われることになったが、彼女は今も時折笹に様子を聞いていて、貴族の治療報酬で新鮮な魚やささみが手に入ると、しろにと差し入れている。
その度に笹は、顔を輝かせて彼女に猫の様子を報告している。
隠すことなく全身から発せられると言っても過言ではない彼女への好意は、見ていて気持ちの良いものではないが、彼女も嬉しそうに聞いているので良しとしている。

話は逸れたが、あの猫事件の時と似たような、彼女の行動が気になることが最近よくある。
あの時のように霊圧を隠しているわけではないので、隠し事をしていると言うわけではないのだろう。
年末が近付き、隊務が忙しくなっていて、最近自宅に彼女が来ることはない。
いや、その少し前から、彼女は自宅に来る頻度が減った。
受け持つ連載、【召し上がれ(ハート)】に載せるお節の試作をしたいと言っていた。
これはよくあることで、連載を待つようになってから色々と試行錯誤するようになったのだとか。
その為、終業後の彼女の行動は不明だ。
それは当然のことで、これまでだって一々聞くことはしない。
唯、僅かに違和感を覚える時がある。
それが何かと聞かれると答えることは出来ないが。
これは恐らく、恋仲故の勘と言うやつなのかもしれない。

その僅かな違和感を覚えた時、彼女の霊圧を探ると、流魂街へ行っているようだった。
彼女の霊圧は普段から僅かにしか感じない為、流魂街まで行くと探知が不可能になる。
その為どの地区に行っているのかは分からないが、黒隆門の方へ向かっていることから、北流魂街へ行っているのだと推測出来る。

彼女が終業後に流魂街へ行っていることは恐らく確かなことだが、別段珍しいことではない。
死神も、瀞霊廷の住人も、流魂街へ行くことはよくあることだ。
流魂街にも店があるし、紅葉や桜等の景色が綺麗で有名な場所、温泉が有名な地区があったりする。
鍛錬するにも流魂街の山奥に篭ることもあり、彼女も一人で鍛錬する際は流魂街へ行くと聞いていた。
だか今回のそれは、恐らく鍛錬ではない。
最早理由は説明出来ない。
単なる勘だからだ。

「なぁんかおかしいわねぇ…」

聞いたような言葉に、顔を上げる。

「隊長もおかしいと思いません?」
「何がだ」
「周ですよ」

松本も何かに気付いているのだろうか。

「ここのところ、何かおかしいんですよねぇ」
「だから何がだ」

自身の気付いていないことを松本が気付いているのだとしたら、是非知りたい。
気取られないよう出来るだけ面倒くさそうに聞く。

「おやつですよ」
「…は?」
「だから、おやつです!最近少し量が少ないんです!」
「意味が分からん」

聞いて損をした。

「それに、休憩時間が短縮されてるんです!いつもより一分三十秒早くに休憩終わらせられるんです!」

がく、と肘が机から落ちそうになる。
そんなことを気にすることが出来るなら、もっと重要なことにそれを発揮しろと、言いたくなる。

「あたしを働かせようとしてませんか?!」
「働くのが普通だ!」

思わず言い返すが、そう言われてみれば、そうかもしれない。
松本を働かせたい、のか?
そう言えば最近、心なしか、彼女が完成書類を上げてくる速度が上がったような。
言われてみれば…のレベルだが、松本に言われて、そうなのかもしれない、と思う。
彼女は恐らく、仕事を早く終わらせたい。
終わらせて、何か用事の為に流魂街へ行っている。
それを気取られたくない為に、気付かれない程度のことをしている。
だから、おかしいと言えばおかしいけれど、気の所為と言われれば気の所為と感じるのかもしれない。

本音を言えば、非常に気になる。
いつも目の届くところにいて欲しい、彼女の全てを把握していたい、とさえ思うのは、行き過ぎた独占欲だろうか。
気になるが、以前のように後をつけるようなことはしない。
結果はどうあれ、疑って、調べるようなことをして、後悔した。

「訳分かんねぇこと言ってないで、手を動かせ」

えーだの何だの言っている松本を無視していると、席官の詰所に行っていた彼女が戻って来た。
気になるのなら、本人に聞けば良いのだ。
何も難しいことはない。
唯どうしても、彼女のこととなると色々と考え過ぎて、臆病になってしまう。

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