がたがたがたがた…
お盆に乗せた湯呑みの震えが止まらない。
あ、震えてるのは僕の手か…
分かったところで、震えが止まるわけはなく。
お盆に乗せた湯呑みは二つ。
向かうのは執務室。
だったら三つじゃないかって?
日番谷隊長、松本副隊長、荻野三席。
十番隊の執務室には三つ席があるから。
しかし、今運んでいる湯呑みは二つ。
一つは荻野三席へ。
もう一つは、十番隊の死神ではない。
そりゃあ来客はよくあることで、他隊の死神が来ることはしょっちゅうだ。
けれど、今日の来客はあまりに予想外だった。
自隊の隊長である、日番谷隊長と接するのにも最初はものすごく緊張した。
当然だ。
銀髪碧眼の天才児で、いつも不機嫌そうで、それはそれは最初は怖かった。
でもいざ接してみると、本質が見えてきた。
一見淡白に見えるが意外にも親しみやすく、こんな僕にも優しく、気にかけてくださっている。
今では然程噛まずに話せるようにまでなった。
しかし、今回の来客は別だ。
あの人に親しみやすさなんてものは皆無だし、多分僕じゃなくても誰でも緊張する。
あの人を前に緊張しない人なんているんだろうか?
「し、失礼します…」
震える手を何とか抑えて、やっと来客用の湯呑みを机に置いて、僕は安堵の溜息を吐いた。
湯呑みを置くまで、無意識に息を止めていたらしい。
「ありがとうございます」
「い、いえ……うわぁ!」
下がろうとして、足が縺れて転びそうになり、机にぶつかった。
ばさばさ、と音を立てて机の上に積まれていた書類の山が崩れる。
運悪くぶつかった机は、松本副隊長のものだ。
最悪だ、ぶつかっちゃいけない机第一位だ…!
「笹八席、大丈夫ですか?」
「は、はい!すみません、すみません!お騒がせしてごめんなさい!」
何度も頭を下げて、書類を拾うのを手伝おうと席を立った三席に、丁重にお断りする。
これまで一度もこちらを見ることなく目を伏せたまま、三席の向かいの席に座るその人。
それが逆に怖すぎる…!
「お騒がせして申し訳ありません。お口に合うか分かりませんが、宜しければ」
と、三席がお茶を薦めると、
「うむ」
と短く頷いて、その人はお茶を一口飲んだ。
不味いと言われたらどうしよう…!
「…茶葉を変えたのか」
「はい。昔は玉露でしたが、煎茶に変えました。日番谷隊長は少し渋めがお好みですので」
「そうか」
取り敢えず良かった、のか…?
「それにしても、此方に来られるのはお久しぶりですね。朽木隊長」
そう――来客とは、六番隊の朽木隊長なのだ。
貴族と言えど、僕の家は下級貴族。
四大貴族なんて雲の上の存在だ。
これまで全く縁がなかった為に、どんな人なのか分からないが、兎に角すごくて怖くて厳しい人だと言うことは分かる。
日番谷隊長が鍛錬場に行き、すかさず松本副隊長が姿を消して、三席と二人、執務室で書類の確認をしてもらっていた時だった。
十番隊の執務室にまさかの朽木隊長が訪ねて来て、僕は驚きに固まっていたのだけれど、三席はいつもと変わらない笑みと口調で迎えた。
僕も、多分三席も日番谷隊長に用事があって来たのだと思っていたら、何と三席に用があって来たのだと言う。
三席に他隊の隊長が何の用だ?と思うのは当然だが、以前二番隊の砕蜂隊長も三席と日番谷隊長を訪ねて来たことがあった。
ないこともないのか…?
そう思っていると、三席は来客用の椅子に朽木隊長を案内し、僕にお茶を淹れるよう頼んだのだった。
書類を拾い集めながら、どうしても三席と朽木隊長の会話に耳を澄ませてしまう。
と言うか、同じ部屋にいるのだから丸聞こえなわけだ。
先程の会話からするに、お二人は以前から交流があるのだろうか?
「朽木家の皆さまはご息災でしょうか」
「うむ」
「そうですか、それは良かったです」
間違いない。
三席と朽木隊長は知り合いなんだ。
会話から察するに、他隊の三席と隊長と言う立場を超えている。
それからも朽木家の話しや浮竹隊長の話し、所謂世間話をしている二人に、驚く。
いつも目を伏せて滅多に口を開かないと思っていた朽木隊長も、口数は少ないが話している。
そして、いつもは相手の話すことをにっこり聞いている三席が、何故か口数が多い。
朽木隊長があまりにも話さないからなのかは分からないけれど、三席がこんなに話していることは珍しい。
そして一番驚いたのは、いつも無表情の朽木隊長が、何となく、穏やかな表情をしているように見えたことだった。
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