雪解け(本編弐) | ナノ
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 75 夜がこんなに明るい理由


夜、違う目的で現世に来るのは初めてのことで、少し緊張する。

「寒くねぇか」

こちらに振り向く彼は、隊首羽織を着ていない。
隊務中は決して脱ぐことはない為、家の中でしか目にしない姿だ。
代わりに、常盤緑の襟巻を巻いている。

「はい、大丈夫です」

つまり今は、任務中ではなく私用。
長居する予定もない為霊体のまま、義骸はない。

「この時間だと人が少ないらしい。いくら見えないとは言え、騒がしいのは嫌だからな」
「はい」

夜、私用で現世に来た理由。
それは、夜景を見る為だった。
瀞霊廷通信で以前特集をしていて、興味はあったがなかなか時間が取れずに伸び伸びになっていた。
それが今日叶ったと言うわけだ。

現世に行くには穿界門を通る為、技局に申請が必要になる。
私用で、しかも彼と二人で現世に行く許可を申請するのはやはり少し気後れするのだけれど、局員はそんなことは気にしない。
それに最近では、私用で現世に行く死神が随分増えた。
今日此処に来る予定の死神はいないか、事前に局員に確認済みだ。
こう言う時、技局に馴染みがあるのは便利だったりする。

「あのロープウェイで展望台まで登るらしい」
「う…うえ…?」
「ろうぷうぇい、だ」
「………」

言葉が出なくなった私に、彼は小さく吹き出す。

「別に良い、俺がいるんだから」

そう言って、優しく笑う。
彼がそう言ってくれるから、つい現世の言葉の勉強は後回しにしてしまっている。
彼の身体には、先日私が贈った背負い紐が掛けられている。
それを目にする度に思わず頬が緩んでしまうと、彼は少し照れ臭そうにする。
それが嬉しい。

「上に乗って行くか?綱を渡るか?」
「渡りましょう」
「そう言うと思った」

即答する私に、彼はまた笑う。
以前、電車や動く階段を、私が怖がっていたことを覚えていてくれたのだろう。
自分の足でどれだけ速く動いても高いところに登っても恐怖はないけれど、勝手に動かされるのはどうしても慣れない。

「雪で滑らないよう気を付けろ」
「はい」

今は雪が止んでいるけれど、此処は雪の多い地域らしく、かなり積もっている。
今日は彼に言われて、足袋も履き、羽織も着て襟巻きも巻いてきた。
吐く息は白く、空気がしんと澄んでいる。

綱を渡って展望台に着くと、展望台の中は思ったよりも人はいなかった。
あと一時間もすれば閉館の為、帰る人の方が多いらしい。

「…!」

展望台の上に登って、見下ろして、言葉を失った。
まるで光の花畑のようだと思った。
手前から遠くの方まで広がる光が、角度の所為かまるで目の前にあるかのようだ。
積もった雪に光が反射して、一層輝きを増している。
両側を暗闇に囲まれた独特の地形が、陸の光をより輝かせていた。

「綺麗だな」
「…はい」

時間を忘れて立ち尽くしていたけれど、彼の声に我に返る。

「座るか」
「はい」

身を寄せ合って座り、言葉もなく夜景を見下ろす。
花火とは違い静かに見下ろすそれは、冬の空気によく合っている。

「隊長、あの両側の黒い所は何ですか?」
「あそこは海だ」
「うみ……」

陸の光と隣り合っている所為で、より暗く見える。

「海、行ったことないだろ」
「はい」
「いつか行くか」

今此処から見ると、真っ暗なそこが怖く感じるけれど、彼と一緒なら大丈夫。

「はい」

何も怖くはない。

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