「――?」
隣の彼女の霊圧が、揺れた気がして目を覚ます。
起きる少し前の揺れ方とは明らかに違う。
驚いて隣を見れば、彼女はまだ眠っている。
けれど、その表情はいつもの穏やかなそれではなかった。
苦しげに眉を寄せ、唇を噛み、額には玉のような汗をかいている。
「う…うぅ……」と絞り出すような小さな声で呻いたかと思うと、呼吸の速度が速くなる。
彼女は、魘されていた。
以前にも同じようなことがあった。
その時もこうして、彼女の霊圧の揺れで目が覚め、彼女の様子に驚いたのだ。
「周…?」
声をかけてみても、起きる気配はない。
それどころか、益々ひどくなっている。
「っ、はっ、はっ、うっ…」
発作を起こしたような短く浅い呼吸を始めたかと思うと、身体が小刻みに震えだす。
早く起こした方が良いと思い、彼女の肩に手を伸ばしたその時、
「――たい、ちょう」
弱々しく、小さな震える声で、彼女は呟いて、縋るように手を伸ばした。
それは、自身のことではない。
彼女の言う"隊長"とは、前隊長のことだ。
「周、…周!」
肩を揺らして大きな声で呼ぶと、彼女はかっと目を見開き、焦点の合わない瞳からつつ、と涙が溢れた。
伸ばした手は空を切り、布団の上に力なく落ちる。
「分かるか、周。俺だ」
漸く焦点が合い、俺を見つけて、
「――た、隊長……」
呟き、銀色の睫毛が震え、また涙が目尻を伝った。
今度は、俺のことだった。
「大丈夫か?」
涙を拭ってやり、彼女の背を支えながら起こす。
枕元に置いてある水差しから湯飲みに水を注ぎ、彼女に差し出すと、一気に飲み干して、肩で大きく息をする。
「少しは落ち着いたか?」
噛んでいた唇には血が滲んでいて痛々しく、胸が痛む。
「ひどい汗だ。着替えた方が良い」
箪笥から替えの浴衣を出す為に立ち上がろうとすると、浴衣の裾を引っ張られる。
振り向くと、泣きそうな顔をした彼女がいて、思わず抱き締める。
あの時――、一昨年の新人現世駐在研修の応援に行き、彼女を置いて戦おうとした時、あの時も、彼女はこんな表情で俺を引き留めた。
「大丈夫だ。俺がいる、大丈夫だ」
繰り返して、彼女の背中を宥めるように撫でると、小さく彼女が頷く。
彼女は、前隊長の夢を見ていたのだろう。
それを彼女は言わないが、あの様子を見れば分かる。
自分の手でその命を絶ったのだから、夢に見る程のトラウマになって当然だ。
彼女はきっと、前隊長が亡くなってからこの約百年、こうして何度もその時の夢を見てきたのだろう。
何度も何度も前隊長が死ぬところを見て、手を伸ばし、涙を流し、苦しんできたに違いない。
よく気が狂わずにいられたと思う。
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