雪解け(本編弐) | ナノ
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 62 君の涙を救う方法


「――?」

隣の彼女の霊圧が、揺れた気がして目を覚ます。
起きる少し前の揺れ方とは明らかに違う。
驚いて隣を見れば、彼女はまだ眠っている。
けれど、その表情はいつもの穏やかなそれではなかった。
苦しげに眉を寄せ、唇を噛み、額には玉のような汗をかいている。
「う…うぅ……」と絞り出すような小さな声で呻いたかと思うと、呼吸の速度が速くなる。
彼女は、魘されていた。
以前にも同じようなことがあった。
その時もこうして、彼女の霊圧の揺れで目が覚め、彼女の様子に驚いたのだ。

「周…?」

声をかけてみても、起きる気配はない。
それどころか、益々ひどくなっている。

「っ、はっ、はっ、うっ…」

発作を起こしたような短く浅い呼吸を始めたかと思うと、身体が小刻みに震えだす。
早く起こした方が良いと思い、彼女の肩に手を伸ばしたその時、

「――たい、ちょう」

弱々しく、小さな震える声で、彼女は呟いて、縋るように手を伸ばした。
それは、自身のことではない。
彼女の言う"隊長"とは、前隊長のことだ。

「周、…周!」

肩を揺らして大きな声で呼ぶと、彼女はかっと目を見開き、焦点の合わない瞳からつつ、と涙が溢れた。
伸ばした手は空を切り、布団の上に力なく落ちる。

「分かるか、周。俺だ」

漸く焦点が合い、俺を見つけて、

「――た、隊長……」

呟き、銀色の睫毛が震え、また涙が目尻を伝った。
今度は、俺のことだった。

「大丈夫か?」

涙を拭ってやり、彼女の背を支えながら起こす。
枕元に置いてある水差しから湯飲みに水を注ぎ、彼女に差し出すと、一気に飲み干して、肩で大きく息をする。

「少しは落ち着いたか?」

噛んでいた唇には血が滲んでいて痛々しく、胸が痛む。

「ひどい汗だ。着替えた方が良い」

箪笥から替えの浴衣を出す為に立ち上がろうとすると、浴衣の裾を引っ張られる。
振り向くと、泣きそうな顔をした彼女がいて、思わず抱き締める。
あの時――、一昨年の新人現世駐在研修の応援に行き、彼女を置いて戦おうとした時、あの時も、彼女はこんな表情で俺を引き留めた。

「大丈夫だ。俺がいる、大丈夫だ」

繰り返して、彼女の背中を宥めるように撫でると、小さく彼女が頷く。
彼女は、前隊長の夢を見ていたのだろう。
それを彼女は言わないが、あの様子を見れば分かる。
自分の手でその命を絶ったのだから、夢に見る程のトラウマになって当然だ。
彼女はきっと、前隊長が亡くなってからこの約百年、こうして何度もその時の夢を見てきたのだろう。
何度も何度も前隊長が死ぬところを見て、手を伸ばし、涙を流し、苦しんできたに違いない。
よく気が狂わずにいられたと思う。

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