雪解け(本編弐) | ナノ
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 72 愛のいたみを知るひと


「雛森副隊長が?」
「ああ。風邪を引いて今日は寝込んでいるらしい」

五番隊に配達に行った隊士が、執務室に来たついでにわざわざ俺に報告をして来た。
席を外していた彼女が戻って来たので話せば、心配そうな表情をした。

「お見舞いに行かれてはいかがですか?」
「あいつもガキじゃねんだ、大丈夫だろ」

唯の風邪だ、二、三日もすれば良くなるだろう。

「では、私の分も見舞ってきていただけませんか」

多分、彼女は引かない。
彼女はこうして、時折頑固なところがある。

「弱っている時に親しい人が傍にいると、安心出来ると思います」

彼女が湯呑みを机に置いた。

「阿近もそのようでしたから」

「私と阿近は、隊長と雛森副隊長のように親しくはありませんけれど」と続ける。
阿保、阿近の場合はお前だからだ。
と、言いたくなるのを堪える。
俺と雛森は、彼女と阿近のそれとは違う。
互いを幼馴染としか思っていない俺達に対し、阿近は彼女を特別に思っている。
そんなに長い付き合いで、彼女が何故気が付かないのか不思議だが、長い付き合いだからこそ気付かないものなのかもしれない。
と言うか、お前達が親しくないって言うなら何なんだよ。
誰がどう見ても親しいだろうが。

「隊長?」
「…分かった、行けば良いんだろ。今日は松本も非番だから業後行く」

そう言えば、彼女は満足そうに「はい」と頷いた。

――終業後、彼女に見送られて雛森の見舞いに向かった。

「わざわざごめんね」
「起き上がるな、寝てろ」

けほ、と咳をしながら布団から出ようとする雛森を制す。
ぬるくなった手拭いを剥がして、額に手を当てる。

「冷たっ」
「八度ってとこか」

水を張った桶で手拭いを浸し、絞って雛森の額に置く。

「何か食ったのか?」
「ううん、まだ」
「あいつの作った粥ならあるぞ。あと林檎、柿、苺。今の季節桃はねぇからな」

昼休みに準備をしたらしく、彼女に色々持たされて来たのだ。

「周さんのお粥?わあ、食べる食べる!」

ぼんやりとしていた雛森の表情が、ぱっと明るくなる。

「食欲があるなら大丈夫だな」

咳が残るかもしれないが、熱は明日には引くだろう。

「美味しい!全部食べられちゃいそう」

美味しそうに味わっていたかと思うと、蓮華を持つ手が止まる。

「…何だか、霊力が回復してるような気がする」
「使った水に霊力を溶解したんじゃねぇか。あいつ、心配してたからな」

体調が悪ければ、その分霊力を消耗する。
霊力とはつまり体力で、それを補完することにより早く快方に向かうと言うことだ。

「治ったら顔見せてやれ」
「うん」

雛森は言葉通り、殆ど残さず食べた。
薬を飲ませて布団に戻らせると、霊力が回復した所為か少し顔色が良くなったように思う。

「周さん、優しいね」
「ああ」
「私じゃなくても、乱菊さんにも、七緒さんにも、こうやって優しいんだろうな」

雛森の言う通りだと思う。
相手が誰であっても、同じことをするのが彼女だ。

「でも、日番谷君だけは特別」
「は?」
「それが、少し羨ましかったりして」

くす、と笑う。

「誰かを特別に想える気持ち、私にはまだ分からないから」
「…お前にも、」

「そのうち出来るだろ」と言おうとして、

「いや、でもあいつが寂しがりそうだ」

もし雛森にそう言う相手が出来たとしたら。
俺なんかよりずっと喜んで、けれど少し寂しそうにする彼女が目に浮かんで思わず頬が緩む。
雛森のことを尊敬するのと同時に、妹のように思っているのだと思う。

「?」

視線に気が付いて顔を上げると、雛森が俺を見ていた。
その表情に、思わずどきりとした。

「…嬉しいなぁ」
「…何が」
「周さんが日番谷君を好きで、嬉しいなぁって」

突然そんなことを言うものだから、かっと顔が熱くなる。

「…何、言ってんだよ」

雛森が、優しい顔で笑うから。
嬉しそうに目を閉じるから。

「大好きな二人が想い合っていることが、私は嬉しいの」

そんなことを恥ずかしげもなく言うから。

「訳の分からねぇこと言ってないで、もう寝ろ」
「うん」

色々な感情が忙しく湧いて、いたたまれなくなり部屋を出た。

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