「雛森副隊長が?」
「ああ。風邪を引いて今日は寝込んでいるらしい」
五番隊に配達に行った隊士が、執務室に来たついでにわざわざ俺に報告をして来た。
席を外していた彼女が戻って来たので話せば、心配そうな表情をした。
「お見舞いに行かれてはいかがですか?」
「あいつもガキじゃねんだ、大丈夫だろ」
唯の風邪だ、二、三日もすれば良くなるだろう。
「では、私の分も見舞ってきていただけませんか」
多分、彼女は引かない。
彼女はこうして、時折頑固なところがある。
「弱っている時に親しい人が傍にいると、安心出来ると思います」
彼女が湯呑みを机に置いた。
「阿近もそのようでしたから」
「私と阿近は、隊長と雛森副隊長のように親しくはありませんけれど」と続ける。
阿保、阿近の場合はお前だからだ。
と、言いたくなるのを堪える。
俺と雛森は、彼女と阿近のそれとは違う。
互いを幼馴染としか思っていない俺達に対し、阿近は彼女を特別に思っている。
そんなに長い付き合いで、彼女が何故気が付かないのか不思議だが、長い付き合いだからこそ気付かないものなのかもしれない。
と言うか、お前達が親しくないって言うなら何なんだよ。
誰がどう見ても親しいだろうが。
「隊長?」
「…分かった、行けば良いんだろ。今日は松本も非番だから業後行く」
そう言えば、彼女は満足そうに「はい」と頷いた。
――終業後、彼女に見送られて雛森の見舞いに向かった。
「わざわざごめんね」
「起き上がるな、寝てろ」
けほ、と咳をしながら布団から出ようとする雛森を制す。
ぬるくなった手拭いを剥がして、額に手を当てる。
「冷たっ」
「八度ってとこか」
水を張った桶で手拭いを浸し、絞って雛森の額に置く。
「何か食ったのか?」
「ううん、まだ」
「あいつの作った粥ならあるぞ。あと林檎、柿、苺。今の季節桃はねぇからな」
昼休みに準備をしたらしく、彼女に色々持たされて来たのだ。
「周さんのお粥?わあ、食べる食べる!」
ぼんやりとしていた雛森の表情が、ぱっと明るくなる。
「食欲があるなら大丈夫だな」
咳が残るかもしれないが、熱は明日には引くだろう。
「美味しい!全部食べられちゃいそう」
美味しそうに味わっていたかと思うと、蓮華を持つ手が止まる。
「…何だか、霊力が回復してるような気がする」
「使った水に霊力を溶解したんじゃねぇか。あいつ、心配してたからな」
体調が悪ければ、その分霊力を消耗する。
霊力とはつまり体力で、それを補完することにより早く快方に向かうと言うことだ。
「治ったら顔見せてやれ」
「うん」
雛森は言葉通り、殆ど残さず食べた。
薬を飲ませて布団に戻らせると、霊力が回復した所為か少し顔色が良くなったように思う。
「周さん、優しいね」
「ああ」
「私じゃなくても、乱菊さんにも、七緒さんにも、こうやって優しいんだろうな」
雛森の言う通りだと思う。
相手が誰であっても、同じことをするのが彼女だ。
「でも、日番谷君だけは特別」
「は?」
「それが、少し羨ましかったりして」
くす、と笑う。
「誰かを特別に想える気持ち、私にはまだ分からないから」
「…お前にも、」
「そのうち出来るだろ」と言おうとして、
「いや、でもあいつが寂しがりそうだ」
もし雛森にそう言う相手が出来たとしたら。
俺なんかよりずっと喜んで、けれど少し寂しそうにする彼女が目に浮かんで思わず頬が緩む。
雛森のことを尊敬するのと同時に、妹のように思っているのだと思う。
「?」
視線に気が付いて顔を上げると、雛森が俺を見ていた。
その表情に、思わずどきりとした。
「…嬉しいなぁ」
「…何が」
「周さんが日番谷君を好きで、嬉しいなぁって」
突然そんなことを言うものだから、かっと顔が熱くなる。
「…何、言ってんだよ」
雛森が、優しい顔で笑うから。
嬉しそうに目を閉じるから。
「大好きな二人が想い合っていることが、私は嬉しいの」
そんなことを恥ずかしげもなく言うから。
「訳の分からねぇこと言ってないで、もう寝ろ」
「うん」
色々な感情が忙しく湧いて、いたたまれなくなり部屋を出た。
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