「あんた、髪伸びたわねぇ」
笹八席が、書類の確認をしに執務室にやって来た時だった。
乱菊さんが八席の後ろ姿を見て言う。
そう言えば少し前に髪を切っていたようだけれど、確かに早いかもしれない。
と、八席の柔らかそうな焦茶の髪を見て思う。
「そうですか?」
「早いわよ。つい最近切ったばかりじゃない。ねぇ、隊長?」
「知らん」
乱菊さんの声かけに、彼は書類を揃えながらぶっきらぼうに言った。
「知ってる?髪が伸びるのが早い人って、スケベだかららしいわよ」
ふふ、と乱菊さんが笑う。
すけべ…ああ、助平のこと。
「ええ?!僕はそんなんじゃないですよ」
「隠さなくても見え見えなんだから。純朴そうな顔でエロいことばっかり考えてるんでしょ!主に周」
「わー!ちちち違いますよ副隊長!」
乱菊さんがまだ言いかけているところで、八席は声を張り上げて慌てて否定する。
えろいこと…えろい…何だったかしら。
聞き慣れない言葉だけれど、何処かで目にしたような…。
「うるせぇ!くだらねぇことで騒いでないで仕事に戻れ!」
彼の雷が落ちたところで、考えを止める。
八席は慌てて書類を受け取って執務室を出て言った。
「もぉ隊長、コミュニケーションですよぉ」
「何がコミュニケーションだ」
こ、こみー…分からない。
こうして分からない言葉が多く使われると、頭が混乱してしまう。
どうして皆んな、こんなに難しい言葉をすらすら使えるのだろう。
「そう言えば、あんたも随分髪伸びるの早いわよね」
「私、ですか?」
言われて見れば、自分でも驚く程髪が伸びたと思う。
切った時は顎程の長さだったそれは、もう肩を通り越し、肩甲骨にまで達している。
長かった頃は目に見える変化が殆どなくて、気が付かなかった。
私は多分、人より髪の毛が伸びるのが早い。
「ぐふふ」
「気味の悪い笑い方をするな」
「隊長だって早いと思いません?つまり周もスケベってことでしょう?」
いやらしい笑みを浮かべた乱菊さんに、彼は溜め息を吐く。
「それは迷信でしょう」
そう言って笑えば、乱菊さんが素早く私の机にやってきて、ずいっと身を乗り出してくる。
「そうかしら?意外とその通りなのかもしれないじゃない?涼しい顔して、あんた意外とむっつりスケベだったりして」
にやにや笑って私に迫る彼女。
「乱菊さん」
「何よ?」
「今日は私のお手伝いは必要なさそうですね」
「え?…え!いるわよ、手伝ってくれなきゃ困るわよぉ!」
私の問いに、乱菊さんは一瞬呆けた後、あたふたと慌てて泣きついた。
「私は席官の詰所へ行ってきます。その間に、振り分けをお願いします」
「分かったわ!任せて!」
ものすごい速さで自分の席に戻った乱菊さんを、彼は呆れたように笑った。
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