雪解け(本編弐) | ナノ
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 71 黙ってキスでもしようか


「あんた、髪伸びたわねぇ」

笹八席が、書類の確認をしに執務室にやって来た時だった。
乱菊さんが八席の後ろ姿を見て言う。
そう言えば少し前に髪を切っていたようだけれど、確かに早いかもしれない。
と、八席の柔らかそうな焦茶の髪を見て思う。

「そうですか?」
「早いわよ。つい最近切ったばかりじゃない。ねぇ、隊長?」
「知らん」

乱菊さんの声かけに、彼は書類を揃えながらぶっきらぼうに言った。

「知ってる?髪が伸びるのが早い人って、スケベだかららしいわよ」

ふふ、と乱菊さんが笑う。
すけべ…ああ、助平のこと。

「ええ?!僕はそんなんじゃないですよ」
「隠さなくても見え見えなんだから。純朴そうな顔でエロいことばっかり考えてるんでしょ!主に周」
「わー!ちちち違いますよ副隊長!」

乱菊さんがまだ言いかけているところで、八席は声を張り上げて慌てて否定する。
えろいこと…えろい…何だったかしら。
聞き慣れない言葉だけれど、何処かで目にしたような…。

「うるせぇ!くだらねぇことで騒いでないで仕事に戻れ!」

彼の雷が落ちたところで、考えを止める。
八席は慌てて書類を受け取って執務室を出て言った。

「もぉ隊長、コミュニケーションですよぉ」
「何がコミュニケーションだ」

こ、こみー…分からない。
こうして分からない言葉が多く使われると、頭が混乱してしまう。
どうして皆んな、こんなに難しい言葉をすらすら使えるのだろう。

「そう言えば、あんたも随分髪伸びるの早いわよね」
「私、ですか?」

言われて見れば、自分でも驚く程髪が伸びたと思う。
切った時は顎程の長さだったそれは、もう肩を通り越し、肩甲骨にまで達している。
長かった頃は目に見える変化が殆どなくて、気が付かなかった。
私は多分、人より髪の毛が伸びるのが早い。

「ぐふふ」
「気味の悪い笑い方をするな」
「隊長だって早いと思いません?つまり周もスケベってことでしょう?」

いやらしい笑みを浮かべた乱菊さんに、彼は溜め息を吐く。

「それは迷信でしょう」

そう言って笑えば、乱菊さんが素早く私の机にやってきて、ずいっと身を乗り出してくる。

「そうかしら?意外とその通りなのかもしれないじゃない?涼しい顔して、あんた意外とむっつりスケベだったりして」

にやにや笑って私に迫る彼女。

「乱菊さん」
「何よ?」
「今日は私のお手伝いは必要なさそうですね」
「え?…え!いるわよ、手伝ってくれなきゃ困るわよぉ!」

私の問いに、乱菊さんは一瞬呆けた後、あたふたと慌てて泣きついた。

「私は席官の詰所へ行ってきます。その間に、振り分けをお願いします」
「分かったわ!任せて!」

ものすごい速さで自分の席に戻った乱菊さんを、彼は呆れたように笑った。

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