「現世の方達が?」
「そうよ」
乱菊さんが何でもないように答える。
「お前はいつも唐突だな」
彼が呆れて言う通り、いつも彼女は唐突だ。
昼休みが終わり、執務を開始して、珍しく乱菊さんが静かに机に向かっていた。
珍しいなと思いながら筆を滑らせていたところで、思い出したように、
「そうだ!周、あんたの浴衣、織姫に貸してくれない?」
と言ったのだった。
「は?」
私が答える前に、彼が突然何を言い出すんだと言う表情で彼女を見た。
よくあることだ。
「今日の花火大会、一護達が来るんですよ」
一護――ああ、現世の死神代行の方。
会ったことはないが、乱菊さんから何度か話は聞いたことがある。
確かに今日は花火が上がる日だけれど、いつの間にそんなことになっていたのだろうか。
けれど乱菊さんと違い、私は現世の人達とは接点がなく、知らないのも当然のことかもしれない。
「現世でも花火大会はあるだろうが」
「こっちのも見てみたいんですって、織姫が。ほら、向こうだと夜も明るいでしょ?前々から約束してたんですよ」
確か、井上織姫さんと言ったような。
乱菊さんが現世に行った際、よく会う人間の女子高生。
「だから隊長、今日は早めに上がりましょうね!」
やっぱり。
「花火だからと言って、仕事を疎かにするなんてことが許されると思ってんのか」
「え〜、でも着替えたりお化粧直したり、女子には色々あるんですよ!ねぇ、周?」
「え?」
突然話を振られて驚く。
「黒崎達が来ることと荻野が何の関係があるんだ」
「折角だから皆んなで見ましょうよぉ。一護達に周のこと会わせたいですし。ねぇ、周」
甘えた声でまた話を振られるが、何と答えたら良いか分からず言葉が出てこない。
「別にわざわざ会う必要もねぇだろ」
「…ふうん。隊長、やきもちですか?」
「わけが分からん」
二人がいつもの言い合いを始めた横で、考える。
今年は彼と花火が見られれば良いな、とは思っていたけれど、何時に仕事が終わるのかは分からないし、着替えたりする予定はなかった。
彼と見られるならどんな状況でも嬉しいけれど…
そこまで考えて、先日完成させた浴衣を思い出す。
月白に藤納戸の桔梗と萩が描かれている、涼しげで素敵な柄だったので、反物から仕立てた。
最近は現世の文化や流行もこちらに入ってきていて、よそ行きの浴衣が販売されたり、夏は浴衣を着て外出する人も増えた。
その新調した浴衣を着たところをまだ彼に見せていなくて、いつ下ろそうか迷っていたところだ。
彼は何と言うだろうか…。
「ちょっと周、何ぼーっとしてるのよ」
「すみません」
「周も隊長と花火見たいでしょ?」
乱菊さんは狡い。
そんなことを聞かれたら、私の答えは一つしかない。
「……定時だ」
答えられずにいた私を見兼ねて、彼が助け舟を出してくれた。
「今日までの期限の書類を全て片付けたら、定時で上がれ」
乱菊さんは文句を言いたげだったけれど(と言うか言っていたけれど)、期限切れの書類も山の中にあることを言い当てられ、仕方なく了承した。
「乱菊さん、今日以外の期限のものは私が片付けます」
「これだから周のこと好きなのよっ」
そろそろ彼の湯呑みが空になるだろうと思い、湯呑みを取りに行くと、
「また甘やかしやがって」
と嗜められる。
集中し始めた乱菊さんには聞こえていないようだった。
「私も、早く花火が見たくて」
と小声で言えば、彼は少し驚いた後、小さく笑った。
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