雪解け(本編弐) | ナノ
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 68 少しだけ切ない甘さを飲みほして


年度始めの忙しさも落ち着き、今日は定時そこそこで帰宅した。
久々に二人で買い物に行き、夕食を作ってゆっくり食べた。
そして、風呂に入って読書をしていたところに伝令神機が鳴った。
彼女のものだ。
彼女は机上のそれを手に取ると、画面を確認する。
僅かに目を見開いたように見えて、予想外の人物からの着信なのだろうかと考える。
気を遣ってか、彼女は隣の部屋へ移動した。

「…はい。ええ。…明日ですか?事前に言っていただかないと…それはそうですけれど……分かりました」

襖一枚隔てただけで、この家の静かさでは、彼女の声は丸聞こえだ。
電話を切って戻ってきた彼女の表情が、少し困った時のそれに見えて、「どうした?」と声をかける。

「阿近からだったのですが…」
「ああ」

電話をかけてきた相手が阿近と言うだけで、小さな嫉妬心が胸を掠める。
仕事の話かもしれないのに、全く自分でも呆れる程の独占欲だ。

「明日の終業後、実験をすると言うので、朝まで戻らないと思います」
「朝まで?」

彼女と涅の契約で、実験台になったり実験を手伝うことは多くあったが、(殆どが前者だが)そんなに長い時間拘束されることはあまりなかった筈だ。

「はい…」

明日は普通に昼番だか、明後日が二人して夜番の為、彼女は泊まり、出勤前に偶には外で食事をしようと言うことになっていた。

「恐らく明るくなる前には帰ると思います。いつもは前もって言われるのですが、今回は涅隊長の気まぐれのようで…」

涅の気まぐれに振り回されるのは良くあることだ。
だがその気まぐれには彼女の健康がかかっていて、素直に従うしかない。

「幼い頃からやっていることですので、大丈夫です」

俺を安心させるように、彼女は優しく微笑む。
定期的に行なっていることだと聞いて、少し胸を撫で下ろす。
慣れとは怖いものだ。
初めて彼女と涅の契約とやらを聞いた時はそれは心配になったが、今では内容によって胸を撫で下ろすこともある。
勿論、本心は関わって欲しくはないが。

「ですので、そのまま自室に帰ります」
「何で」
「あ、朝も早いですし……」

珍しく、彼女が言い淀む。

「夜番なんだ、起きてるだろ。だから気にする必要はねぇよ」

前日の夜は殆ど起きているのが常の筈で、彼女も同じ筈だ。

「だから、普通に帰って来い」
「…はい」

実験の後、無事であることを早く確認したいのだ。
いくら定期的に行なっている実験だとしても、涅を信用するなんてことは到底無理な話しで、本当は実験中も傍についていたいくらいだ。
流石にそれは出来ない為、せめて彼女が無事な姿を見たい。

「今日は早く寝ます」
「ああ」

本当は、一体何をするのか聞きたいが、彼女は俺を思ってかあまり話したくないようで。
だから俺も、必要最低限のことしか聞くことはしなかった。
彼女が死覇装の替えを余分に準備し始めて、何故なのかを聞きたかったが、気にしない振りをして本に視線を落とした。

――翌日、何となく、いや少し、彼女が落ち着きがない気がしたり、昼食を珍しく沢山食べていたことが気になった。
しかし、隊主会があったりと慌ただしく、聞くことが出来ずに定時を迎えてしまった。

「では、行って参ります」
「気を付けろよ」
「はい」

恐らく替えの死覇装が入った風呂敷包みを襷掛けし、斬魄刀を腰に刺した彼女が、俺に頭を下げて、隊舎を出て行った。


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