雪解け(本編弐) | ナノ
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 66 私が好きだと想うひと


「…?…あ、れ…?」

訳が分からなくて、思わず間抜けな声が出てしまう。

「どうした?」

そう言って、彼が読んでいた本から顔を上げた。

「っ…!…何やってんだよ」

彼は私を視界に捉えると、珍しく吹き出した。
笑いが止まらないらしく、そんな彼の様子に慌てる。

「…な、何かおかしいでしょうか…?」

恐る恐る聞くと、彼が歩いてきて隣に腰を下ろした。

「鏡見てみろよ、ほら」

そう言うと、彼は私に手鏡を持たせ、鏡台に背を向けさせた。
合わせ鏡になり、自分の後ろ姿が見えて、「あ…!」と声を上げる。

「ど、どうしてこんなことに…」

髪を結おうとしていた筈が、髪とそれが絡まってとんでもないことになっている。
まるで幼子が真似事で髪を結おうとしたかのような…否、それよりもひどいかもしれない。
彼はまたくすくすと笑っていて、恥ずかしさが込み上げてくる。

「どうやったらそんなことになるんだよ」
「ど、どうしてでしょう…」
「お前は、時折こう言うところがあるよな」
「こう言う…?」

その言葉の意味を考えると、彼の手が私の頭にぽんと乗る。

「考えなくて良い」

彼が優しく笑うから、別の恥ずかしさで頬が熱くなる。

「そういえばこれ、新しく買ったのか?」
「雛森副隊長から、現世のお土産にいただきました」

先日現世で任務があったらしく、彼女は昨日、すごく可愛らしくにこにこして、渡しにきてくれた。
髪が短いと、髪紐よりも使い勝手が良いのだとか。

「…ふうん」

いつも使っている髪紐とは違い、最初から輪になっていて、伸縮性があり、ひらひら、ふわふわしたそれ。

「確か、し…し、しゅっしゅ?とか言うそうです」
「シュシュだろ」
「そうです、それです」

そのしゅしゅがとても可愛くて、雛森副隊長が私の為に選んでくれたことが嬉しくて、試しに結ってみようと思ったのだ。
試しに軽く結ってみるつもりが、いつもと勝手が違うものだから、上手く結えず、こんなことになってしまった。

「解いてやるから、こっち来い」

これは自分では解けないかもしれない。
そう思い、素直に頷き、彼にお願いすることにした。

「しかし、よくもこんなに……」

櫛を片手に、彼が絡まった髪を解いていく。
丁度、太陽が縁側を照らしてくれている。

「少し痛むかもしれない」
「構いません。ご面倒をお掛けしてすみません」

あまり痛むこともなく、思ったよりもずっと早くに髪としゅしゅは解けた。
彼は何度も「大丈夫か?」と聞いてくれたけれど、少しも痛くはなかった。

「少し癖がついちまったな」

そう言って、自由になった髪に、彼が櫛を通してくれる。
心地良くて、無意識に瞼が降りそうになる。
そう言えば、長かった頃もこうして彼が櫛で梳いてくれたことがあった。
髪を切って、長さを確認するついでに梳いてもらった。
あの頃より随分短くなってしまったけれど、彼の手から伝わるのは、変わらない優しさだ。

「髪、少し伸びたな」
「はい」

短い髪にも、慣れたように思う。
首が涼しいのも、頭が軽いのも、髪を洗って乾かすのが以前より随分早いのも、当たり前になってきた。
少し結える程になったので、雛森副隊長がしゅしゅを買ってきてくれたのだと思う。
彼女にこんな素敵な贈り物をしてもらえるなんて、短くなって良かったのかもしれない。

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