「…?…あ、れ…?」
訳が分からなくて、思わず間抜けな声が出てしまう。
「どうした?」
そう言って、彼が読んでいた本から顔を上げた。
「っ…!…何やってんだよ」
彼は私を視界に捉えると、珍しく吹き出した。
笑いが止まらないらしく、そんな彼の様子に慌てる。
「…な、何かおかしいでしょうか…?」
恐る恐る聞くと、彼が歩いてきて隣に腰を下ろした。
「鏡見てみろよ、ほら」
そう言うと、彼は私に手鏡を持たせ、鏡台に背を向けさせた。
合わせ鏡になり、自分の後ろ姿が見えて、「あ…!」と声を上げる。
「ど、どうしてこんなことに…」
髪を結おうとしていた筈が、髪とそれが絡まってとんでもないことになっている。
まるで幼子が真似事で髪を結おうとしたかのような…否、それよりもひどいかもしれない。
彼はまたくすくすと笑っていて、恥ずかしさが込み上げてくる。
「どうやったらそんなことになるんだよ」
「ど、どうしてでしょう…」
「お前は、時折こう言うところがあるよな」
「こう言う…?」
その言葉の意味を考えると、彼の手が私の頭にぽんと乗る。
「考えなくて良い」
彼が優しく笑うから、別の恥ずかしさで頬が熱くなる。
「そういえばこれ、新しく買ったのか?」
「雛森副隊長から、現世のお土産にいただきました」
先日現世で任務があったらしく、彼女は昨日、すごく可愛らしくにこにこして、渡しにきてくれた。
髪が短いと、髪紐よりも使い勝手が良いのだとか。
「…ふうん」
いつも使っている髪紐とは違い、最初から輪になっていて、伸縮性があり、ひらひら、ふわふわしたそれ。
「確か、し…し、しゅっしゅ?とか言うそうです」
「シュシュだろ」
「そうです、それです」
そのしゅしゅがとても可愛くて、雛森副隊長が私の為に選んでくれたことが嬉しくて、試しに結ってみようと思ったのだ。
試しに軽く結ってみるつもりが、いつもと勝手が違うものだから、上手く結えず、こんなことになってしまった。
「解いてやるから、こっち来い」
これは自分では解けないかもしれない。
そう思い、素直に頷き、彼にお願いすることにした。
「しかし、よくもこんなに……」
櫛を片手に、彼が絡まった髪を解いていく。
丁度、太陽が縁側を照らしてくれている。
「少し痛むかもしれない」
「構いません。ご面倒をお掛けしてすみません」
あまり痛むこともなく、思ったよりもずっと早くに髪としゅしゅは解けた。
彼は何度も「大丈夫か?」と聞いてくれたけれど、少しも痛くはなかった。
「少し癖がついちまったな」
そう言って、自由になった髪に、彼が櫛を通してくれる。
心地良くて、無意識に瞼が降りそうになる。
そう言えば、長かった頃もこうして彼が櫛で梳いてくれたことがあった。
髪を切って、長さを確認するついでに梳いてもらった。
あの頃より随分短くなってしまったけれど、彼の手から伝わるのは、変わらない優しさだ。
「髪、少し伸びたな」
「はい」
短い髪にも、慣れたように思う。
首が涼しいのも、頭が軽いのも、髪を洗って乾かすのが以前より随分早いのも、当たり前になってきた。
少し結える程になったので、雛森副隊長がしゅしゅを買ってきてくれたのだと思う。
彼女にこんな素敵な贈り物をしてもらえるなんて、短くなって良かったのかもしれない。
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