雪解け(本編弐) | ナノ
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 67 あなたのためのわたし


「本当にありがとう。今度は治療ではなくて、是非遊びにいらしてくださいな。また改めてお礼を贈らせていただきますわ」
「荻野三席殿、誠にありがとうございました」

彼女はとても嬉しそうに笑っていて、その目尻には涙が光っている。
元々とても綺麗な方だとは思ったけれど、更に魅力的になられた気がする。
ご両親も申し訳なくなる程何度もお礼を言って、娘の美しい顔を見て涙ぐんでいる。

「お気遣いは無用に願います。そのお言葉だけで充分です」

毎回言う言葉だけれど、そのまま受け取ってもらった試しがない。
積み上げられた箱を抱えて、倒れないよう少し頭を下げて、屋敷を出る。
玄関から門までが遠く、やっと辿り着いて門番に頭を下げて出る。
今日は、中級貴族の姫君の治療をしに来ていた。
以前までは、斬魄刀の能力を使った治療を行うのは護廷内だけだったけれど、朽木隊長から貴族の姫君の治療を依頼されたのを切っ掛けに、貴族の間でもこの能力が広まったらしい。
最近では、終業後に貴族のお屋敷にお邪魔して治療をすることがある。
やはり女性が多く、身体の不調や肩凝り、腰痛、それから傷跡の治療が主だ。

今日の姫君も顔の傷を治療し、比較的新しい傷だった為に綺麗に消すことが出来た。
嫁入り前の、私よりも年下の方で、幼い頃につけた傷が消えず、跡を髪の毛で隠していたそうだ。
あんなに嬉しそうに笑ってくれるのなら、喜んで治療したい。
けれど、そう毎日のようには行うことは出来ない。

護廷の隊士の治療に加えて、貴族の方々の治療、それに週に一度は浮竹隊長の治療にも行くようになった。(全身の血行を促すことは、健康を保つ為にとても良いことだと、卯ノ花隊長に教えていただいたのだ)
四番隊士との患者の治療方針会議にも出席することがあるし、卯ノ花隊長の健康講座にも出席したい。
自隊の隊士達の指導の約束もある。
毎日定時で帰れるわけではないし、急な討伐もある。
全てを抱えようとすれば、恐らく隊務に支障を来たしてしまう為、せめて隊士と貴族の方々の治療は週に一、二度と決めた。
それでも、年度末、年度始めは非常に忙しく、ここ数週間は目が回るような毎日だった。

隊長、副隊長よりも、三席という立場の方が動き回ることが多い。
それは自隊だけではなく、他隊との引き継ぎやそれなりに重要度の高い書類のやり取り、報告等、最近は他隊に出向くことも多かった。
彼とは仕事のやり取り意外は話せていないし、まともに顔を見ることもしていなかった。
その忙しさも漸く落ち着いて、明日辺りから徐々に通常業務に戻ることが出来るだろう。
彼のいる執務室で、彼と仕事をすることが出来る。
繁忙期が終わると、彼の自宅に泊まりに行くことが暗黙の了解になっていて、恐らく明日眠るのは彼の隣だ。
そう思うと嬉しくて、自然と足が軽くなる。
けれど積み上げられた箱を落とさないよう気を付けながら歩く。

治療代は受け取らないことにしているけれど、貴族の方々はそうはいかないらしく、何かとお礼と称して食べ物をくれる。
それは、私が頑として金銭を受け取らなかったことと、一番最初の貴族の家で食べ物を選んだからだ。
着物や髪飾り等、高価な物を沢山並べられ、どれか一つでも持って帰らなければ帰せないとまで言われ、仕方なく残らない食べ物をいただいた。
それから私が食べ物しか受け取らないと噂が広がったのだ。
貴族の方々からいただくからには、高級なものばかりで、どれも非常に美味しい。
その場で持たされることもあれば、隊舎に送られてくることもあり、又は両方のこともある。
何れも食べきれない程沢山で、乱菊さんや雛森副隊長にお裾分けすることもある。

恐らく、口止め料の代わりなのだ。
貴族の姫君に傷があると分かれば、噂はすぐに広がり、結婚、その家の行末にも大きな影響を及ぼす。
だから、秘密を守りたいのだ。
その秘密を知った私に、口外しないよう、こんな高価な物を沢山くれるのだと思う。

明日はこの食材を使って、彼に夕食を作ろう。
彼も忙しくしていて、まともな食事をしていないだろうから、彼の好きなものを作ろう。
因みに、私が卵を選んだことで卵好きだと言う噂も広がった為、貴族の方々は必ず卵を用意してくれるようになった。

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