雪解け(本編弐) | ナノ
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 65 君をめぐる色彩


今日彼女が部隊を率いて就いた任務は、技局から依頼された、虚の血液を採取すると言う他の部隊はあまり就かないであろう珍しいものだった。
彼女から任務完了、帰還、技局に採取した物を届けてくる旨の連絡があった。
その後部隊が隊舎に帰って来たが、どうも様子がおかしい。
誰一人負傷することなく任務を完了させたことは、副部隊長の支倉から報告を受けたが、後ろにいた笹の様子が明らかにおかしいのだ。
それを問うも、言葉を濁して逃げるように執務室から出て行った。
支倉に聞けば、「三席ご本人から聞いてください」と言われてしまった。
何がそんなに彼等を動揺させたのだろうか。

その後、彼女の帰りが待ちきれず、何度も書類を書き損じ、再び真っさらな紙を広げ、筆を取ったところで執務室の扉が開いた。

「ただいま戻りました」

帰って来た彼女は、いつも通り笑っていた。
けれど、

「――っ!?」

すぐに異変に気が付き、言葉を失う。
筆が手から滑り落ち、紙の上をころころと転がった。
言葉が出ず、狼狽えていると、席を外していた松本が戻って来た。

「何よあんた?!それ、一体どうしたのよ?!」

松本が驚くのも無理はない。
帰って来た彼女は、髪型が"変わっていた"。
ざんばら髪で、一番短いものは辛うじて肩に付いている長さだ。
恐らく虚に切られたのだろう。

「虚の爪が避けられず、切れてしまい、っ!」

彼女が話している途中で、松本が突然力一杯抱き締めた。

「辛かったら、泣いて良いのよ」
「乱菊さん…?」
「ほら隊長も、ぼけーっと突っ立ってないで、慰めの言葉の一つくらい言ってあげてくださいよ!女が髪を失うって、ものすご〜く辛くて悲しいことなんですから!」

彼女を胸に押し付けたまま、松本が言う。

「あ、あんぎくさ、らんぎくさん、」

息が出来なくなったであろう彼女が松本の腕を叩くと、松本は彼女を解放する。
同時に、執務室の扉が開いた。

「あらら、予想以上の短さやなぁ」

その独特の訛りと、狐のような目付き。
市丸ギンが、吉良と、更に男性、女性隊士を二人引き連れている。

「こんにちは、市丸隊長、吉良副隊長」

吉良は彼女の髪を見て驚き、男性隊士は顔を歪め、女性隊士は今にも泣きそうな表情をしている。

「何よあんた、何処から聞きつけて来たのよ」
「何処からって、周ちゃんが応援に行ってくれたん、ボクんとこの部隊やないの」

確かに、任務の後に要請があった、三番隊の部隊の応援に向かわせた。

「この子等のこと庇って髪の毛切れてしもたから、この子等がもう一度どうしても周ちゃんに謝りたいんやって」

吉良の後ろから二人の隊士がつんのめるように出てきて、彼女にがばりと頭を下げた。

「ほ、本当に申し訳ありませんでした…!」
「本当に良いですから、どうかお気になさらないでください。先程も言いました通り、これは私自身の失策です」

彼女が笑って言うが、頭を上げた隊士達はまだ泣きそうな顔をしている。

「私の所為で…」

震える声で言葉を紡ぐ女性隊士に、「いいえ」と彼女はきっぱりと言う。

「髪はまた伸びます。そんなことよりも、あなた方が無事だったことが何よりです」
「荻野三席……」
「ほんまに立派やなぁ、周ちゃんは」
「本当に。彼女の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいくらいですよ」
「それ、誰が飲むん?」
「貴方に決まってるじゃないですか、市丸隊長」
「周、行くわよ」

いつもの掛け合いを始めた二人を完全に無視し、松本が彼女の手を取った。
彼女の髪を見てからと言うものの、松本は珍しく深刻そうな表情で彼女を心配している。

「何処へですか?」
「決まってるじゃない、美容室よ!」
「しかし勤務中ですし…」

彼女の言葉に、松本が大きな溜息を吐く。

「あんたねぇ、こんな時は良いのよ。そんな髪型でいられたら、周りは落ち着かないわ。ね、隊長」

「行ってきて良いですよね?」と松本が此方を振り向いて、慌てて頷く。

「ああ、行って来い」
「…すみません」

彼女は頭を下げて、松本に連れられて行った。
髪がなくなり見えるようになったその背中が、いつもより小さく見える。
俺は、彼女に何一つ言葉をかけることが出来なかった。

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