雪解け(本編弐) | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 64 きっと幸せなんでしょう


襦袢を着て、髪の毛を結い上げる為に鏡台の前に腰を下ろす。
いつも髪を整えるのは最後だけれど、こうして出掛ける時、丁寧に結いたい時は、着物を着る前にすると決めている。
髪を梳く為のつげ櫛は、持ち手部分には桜の花が彫られていて、まだ新しいものだ。
手に持つだけで分かる、上質なつげの木で作られたもの。
椿油を数滴掌に落として擦り合わせ、髪に馴染ませる。
するすると落ちてくる髪を、手早く、けれど丁寧に結い上げて、最後に簪を挿しまとめる。
それは、丸みを帯びたばち型で、麻の葉の透し彫りが繊細で美しい。
艶やかな飴色の鼈甲で出来ていて、一目で高価なものだと分かる。
最後に、引き出しから口紅を取り出す。
棒状のつやつやした白い入れ物のそれは、乱菊さんが現世で買って来てくれたものだ。
こちらのものより随分種類が多いらしく、形状も棒状で手を汚さずに付けられるものが主流だそうだ。
すっと唇の上を滑らせると、薄つきだけれどとても素敵な色が唇を彩った。

着物に袖を通し、姿見に映ると、頬が緩む。
藤紫の地に、江戸切子のような幾何学模様が全体に描かれた小紋で、光沢のある上質な絹の生地はとても滑らかだ。
縹色の帯と、白鼠の半襟がよく合っていて、彼の感性はやはり素晴らしい。
つげ櫛も、簪も、着物も帯も、半襟も、帯揚げも、帯締めも、帯留めも、今身に付けているもの全て、彼が選んで贈ってくれたものだ。
着物と帯は前回の非番に彼が贈ってくれたもので、初めて袖を通した。
通りかかった店で彼が見つけてくれ、色も柄も一目で気に入った為、反物から仕立ててもらったのだ。
出来上がったそれを受け取った時から、早く袖を通したくて堪らなかったのだけれど、彼の贈ってくれたものを初めて身に付けるのは、彼に会う時と決めている。

彼は時折、私に似合うと思うものを見つけては、買って来てくれることがある。
着物は私の意見を聞いてからと買っては来ないけれど、小物類はそういうことがある。
その為、身の回りの物が彼が贈ってくれたもので埋まりつつある。
乱菊さんもそうで、よく行く現世で気に入ったものを見つけては、私にお土産をくれるのだ。
今年の夏には、白色と藍色のぎんがむちえっくという現世で流行りらしい柄の着物を買って来てくれた。
乱菊さんの着物に対しての感性は、彼の言う通り素晴らしくて、いつも似合っているかもしれないと自分でも思うものを選んでくれる。
彼と恋仲になるまではあんなに隙間だらけだった箪笥も、彼と乱菊さんからの贈り物で埋まっている。
まるで、私の心の中のようだ。
もうとっくに引き出しは一杯なのに、それでも彼等は、私に惜しみない幸福をくれる。

全ての身支度を終えて、もう一度姿見に自分を映すと、また頬が緩んだ。
彼は何と言うだろう。
褒めてくれるだろうか。
今日は、久々に二人揃っての非番だ。
私達が非番を取ることを、乱菊さんは色々文句を言うふりをしているけれど、それは私達の罪悪感を拭おうとしてくれているのだと分かっている。
十時と十五時の休憩には、お茶とお菓子を乱菊さんに持って行くよう、笹八席に頼んである。
お菓子は、乱菊さんの好物を買っておいた。
明日のお茶菓子に何か買って行ったら、また喜んでくれるだろうか。
彼はまた甘やかすなと私を窘めるだろうか。

彼が贈ってくれた、底が籠になった巾着に荷物を入れ、口を結ぶ。
刀掛台に置いてある斬魄刀を一瞥して、部屋を出た。
昨晩から機嫌が悪い止水は、きっとまだ臍を曲げているだろう。
何かお土産を買って帰ろうか…そう考えて、鍵を閉めた。

 / 戻る /