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目には見えないそれは確かな


「ちわっす」
「こんにちは」
「おう」

阿近さんはキーボードを叩きながら、私と阿散井副隊長にちらりと視線をやって短い返事をすると、直ぐに視線を画面に戻した。
外の光を完全に遮断した此処は、いつもひんやりと冷たくて、とても静かだ。

「じゃ、始めるか」

阿近さんが布を捲って現われたのは、私と副隊長の義骸。
私と副隊長は今日、義骸のメンテナンスの為に技局にやって来たのだ。
隊長副隊長は勿論、上位席官ともなれば大抵が義骸を作っている。
数か月に一度のこのメンテナンスは、仕事中の阿近さんが見れる為に、私が密かに楽しみにしていることだ。

「おら、入れ」

阿近さんに言われるまま義骸に入り、大きな機械の中に入る。
青白い光が上から下へゆっくり移動していく。
その光はほんのり温かくて、以前聞いたところによると、その光で義骸と魂魄のシンクロ率を測っているいるのだとか何とか…だった気がする。
隣の機械を見れば、副隊長が居心地悪そうに自分の身体(義骸)を見つめている。

「おい、動くな」
「すみません…」

眉間に皺を寄せた阿近さんに注意され、慌てて前を向く。
視線を前に戻せば、画面と私を交互に見て、キーボードをかたかた打つ阿近さん。
その真剣な表情に、私の心臓はどきどきと速まる。
何を考えているのかしら、なんて考えるけれど、多分仕事のことしか考えていない。
彼はそういう人だし、そんなところも好きなのだ。

「何処も不具合ねぇか?」
「はい、大丈夫です」

阿近さんは私の身体(義骸)の関節を動かしながら聞く。
義骸に入っていても五感は魂魄の時と何も変わらなくて、阿近さんの温もりが伝わってくる。
阿近さんが触れる度に熱を持つ私の身体。
次は何処に触れられるんだろう。
心臓が煩い。
顔に出てないかしら…。
阿近さんは、特に気にすることなく私の身体に触れる。
手首に、二の腕に、膝に、太腿に――。

「…問題ねぇな」

メンテナンスの度にこうしてどきどきしている私。
五席の私が書類配達をすることは殆どないし、虚の分析依頼やメンテナンスも、異常がなければ数か月に一度しかない。
仕事中阿近さんに会えるのも、仕事中の阿近さんを見れるのもすごく貴重。
でも、今日の阿近さんは少しお疲れ気味かしら。

「おい。…おい、睦」
「はっ、はい」

副隊長に声をかけられて飛び跳ねる。

「帰るぞ」
「あ、はい」

阿近さんに見惚れすぎて、気付けば私も副隊長もメンテナンスが終わっていた。

「ありがとうございました」

阿近さんにお礼を言って、扉に向かって足を進めた時、

「睦」

不意に阿近さんに名前を呼ばれ、振り返る。

「はい」
「…今日は早く終わる」

阿近さんは、背を向けてキーボードを打ちながら言った。
その言葉に緩む頬を抑えることなく、

「分かりました」

私は笑って頷き阿近さんの研究室を後にした。

「なぁ睦、」
「はい?」

技局からの帰り道、私は副隊長と肩を並べて歩いていた。
突然口を開いたかと思えば、副隊長は深刻そうな顔。
どうしたのかしら。
また朽木隊長のことで悩んでいるとか…?

「――お前、阿近さんと付き合ってんだよな?」
「……へ?」

言いにくそうに視線を泳がせて、副隊長は言った。
それに対して私は、思いも寄らなかった質問に間抜けな声を出してしまった。
お互い立ち止まって、暫くの沈黙。

「や、阿近さんと付き合ってんだよな?って聞いたんだけど」

――そう、副隊長の言う通り、私と阿近さんは恋人同士だ。

「そうですけど…どうかしましたか?」

阿近さんと付き合いだして結構経つし、副隊長にもちゃんと報告した筈なんだけれど…。

「お前さ、阿近さんと付き合ってて楽しいか?」
「え?」

何を言い出したのかと思えば、副隊長は驚くことを問う。
彼を見上げれば、なんだか寂しそうな顔をしている。

「だってよ、さっきの感じで誰もお前らが付き合ってるなんて思わねぇぞ?辛うじて最後の会話で…や、あれも分かんねぇかもしんねぇな」
「はぁ…」

そんなことはないとは――言い切れないかもしれない。
確かに、私達の関係をあの一時間足らずで理解する人はいないかもしれない。

「阿近さん素気ねぇしよ、お前寂しい思いしてんじゃねぇかと思って…」

そう言うと、副隊長はほんのり頬を染めて、こめかみを指で掻いた。
心配してくれてるのだろうか。
隊務でもいつでも部下を思いやり、見かけによらず優しくて真面目な彼は、私の尊敬する上官だ。
阿近さんと付き合い始めた時も「あの技局の鬼って呼ばれてる人か…?!」と、ものすごい心配してくれていたし。



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