朝から一番隊に出向いて、隊舎に戻って書類整理をして、現世の虚討伐任務から帰還した隊士達の報告を聞いて、部下達が処理した書類を確認して、鍛錬場に少しだけ顔を出して、来月の勤務表を組んで、書類整理をして、今に至る。
書類整理は勿論まだ終わっていない。
一時間程前に書類配達を請け負っている隊士が書類を取りに来て、各隊に配達に出たから、もう直戻るだろう。
そうしたら振り分けた三席が、山程の書類を執務室に持って来るのだ。
「十番隊副隊長さんは今日もよぉ働いてはるなぁ」
窓の方から聞こえた愉快そうな声に、顔を上げる。
「ギン」
開け放たれた窓の桟に、ギンが座っていた。
さてはまたさぼりだな。
「ええ天気やからお散歩しててん。そんな働いとったらおかしなってまうよ?」
ギンがこうして十番隊舎にふらりとやって来ることは、よくあることだ。
ギンと乱菊とは霊術院で出会った同期で、入学早々乱菊に声を掛けられたことをきっかけに、ギンとも仲良くなり、今となっては多分、一番仲の良い異性だと思う。
「あのね、良い天気だからってお散歩出来る程私は暇じゃないの」
時計を見れば、正午から三時間程経っていた。
もうこんな時間。
困った、今日も残業だ。
「それに人間そんな簡単におかしくならないよ」
「ボクら人間とちゃうけど」
「…いちいち揚げ足とらないの」
溜息を吐いて、それから風と一緒にやって来た甘い香りにはっと顔を上げる。
「ギン、もしかしてそれ…!」
「当たり」
そう言って笑って、ギンは後ろに持っていた紙袋をひょいと見せた。
袋に書かれているのは久里屋の文字、中身は鯛焼きで間違いない。
「この匂いからするに、三つ、そして全て餡子か…!」
「ほんまよう利く鼻やねぇ」
「犬並みや」とギンが言った気がしたけれど、聞かなかったことにしておく。
「あ、でも乱菊は今見回り行ってるの。当分帰ってこないわ」
「ええよ、乱菊がおらんほうが静かやし」
「本当はちょっと残念なくせに」
「何か言うた?」
「ううん、何も」
窓の桟からギンが音もなく下りて、慣れたように長椅子に腰を下ろす。
目頭を指で揉んで、固まった身体を少し解して、席を立つ。
「お茶淹れてくるから待ってて」
ひらひら手を振るギンを執務室に残して、給湯室へ行けば、隊士達が「私が淹れます!」と言ってくれる。
それをやんわり断って、隊士の女の子が差し出してくれた飴やお菓子をありがたく頂戴して、お茶を淹れて執務室に戻る。
「お待たせ」
「はよ食べよ」
待ちきれない子供のようだ。
「はいはい」
おしぼりで手を拭いて、鯛焼きをいただく。
「いただきます」
口に入れれば、香ばしさと甘さが広がって、かちかちになった脳みそと身体が柔らかくなっていく気がする。
「んー!」
ああ、幸せ。
朝から忙しくしていたから、ギンが来てくれて丁度良かった。
そろそろ甘いものを補給しないと、本当に干からびて死んでいたかもしれない。
「そういえばギン、吉良君にちゃんと言って来たの?」
「イヅルの話しはええよ。折角の鯛焼きが台無しやないの」
どうせ吉良君にも隊士達にも無断で出てきたのだ。
まあいつものことだけれど。
ギンは「そんなん言わんでもええよ、だってボク隊長さんやし」と言うけれど、全く筋が通ってない。
本当に吉良君は良い子だ。
こんな上官を支えてくれているなんて、見放さずに面倒を見てくれているなんて。
そろそろあの子が神様か何かに見えてきた。
「全部口から出てるよ、司」
「あまり吉良君に苦労かけたら駄目だよ、これ以上あの子が幸薄顔になったらギンの所為だからね」
「しれっと酷いこと言うてるよ、司」
「兎に角、これ食べたら隊舎戻りなよ。きっと吉良君探してるよ」
「探さへんよ、ボクがちゃあんと戻ってくることイヅルは知っとるもん」
何故か威張ってギンが言うけれど、多分吉良君は探すのに疲れただけだと思う。
いつの間にかいなくなって、いつの間にか戻ってくる上官に付き合いきれなくなって、探すことを止めたんじゃないかな。
「イヅルは口煩い小姑みたいやからなぁ、書類書類て煩い煩い」
「それはギンがおさぼりだから。隊長なんだから仕方ないでしょ」
「てっきり隊長さんは何もせんでええと思ったんに、失敗したわぁ」
「そんなわけないでしょう。はぁ、本当に吉良君が不憫」
最後に残った鯛焼きの尻尾を口に入れて、お茶を飲んで一息吐く。
ああ、幸せ。