十番隊の三席くん | ナノ
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「それでね、乱菊が何軒もお店回って買い物するから荷物がすごいことになっちゃって」

喋る。

「それ持ってついて行くのが大変で、次の日筋肉痛になっちゃって。きつい鍛錬とか遠征よりよっぽど酷いの」

喋る喋る。

「だからそれから乱菊の買い物について行く時はコインロッカー借りることにしたの。コインロッカーって知ってる?あれすごく便利なんだよ」

ずっと喋っている私を、彼は隣で見ている。
三十センチくらい離れたところに座って、じっと、私から目を逸らさずに、時折小さく相槌を打って、時折微かに笑って。
そんな彼を横目に、私の口は止まらない。
彼を直視することなんて出来ずに、彼の視線を感じながら、ずっと喋り続けている。

「お金入れて荷物を預ける箱なんだけど、小さいのから大きいのまで色々な大きさがあって」

今日は二人揃っての非番で、彼が十番隊の隊長に就任して初めてのことだ。
昨日彼に家に来るかと言われて、混乱して思わず頷いたけれど、昨晩は全然眠れなかった。
だってそうでしょう。
恋人同士になって、初めて二人の時間を過ごすと言うことだから。

「でもお金が返ってくるのと返ってこないのがあって、初めて使ったのが返ってこないのでね、」

隊舎の執務室で二人きりになるのは大丈夫、彼は公私混同はしない人だから。
だから恋人同士になっても変わったことはなくて、変わったのは彼が部下から上官になったこと。
彼は私に敬語を使うのはやめて、苗字を呼び捨てるようになった。
私は彼に敬語を使い、隊長と呼ぶようになった。
仕事中は上官と部下で、それ以外はない。
だけど非番になったらどうなるんだろう?
そう考えて、とても眠れなかったのだ。

「案の定乱菊が怒っちゃって。コインロッカーの前で駄々捏ねるから大変で」

こんな風に彼にじっと見つめられたことなんて、あの時以来だ。
彼が私を好きだと言った時。
私が彼に好きだと言った時。
優しく凪いだ翡翠色が、私だけを見ている。
それだけで、もう息も出来ないくらいに苦しくて。
彼の顔なんてとても見られなくて。
どうしてこんな風になっちゃうんだろう。

「結局私がケーキを奢ることで落ち着いたんだけど、乱菊ったら一番高いの頼むんだよ。苺沢山乗った大きいやつで」
「司」

不意に、名前を呼ばれる。
どきんと大きく心臓が鳴って、ぎゅっと苦しくなる。
名前を呼ばれるなんてあの時以来、随分久しぶりだ。
じわ…と染み込むように広がって、胸が熱くなる。

「…っ……」

ゆっくりと、恐る恐る彼を視界に捉えて、息を呑む。
頭が真っ白になって、何を話していたのか、何を話そうとしていたのかも忘れてしまう。
今まで見たことがないくらい優しい顔で、彼が私を見ていたから。

「うるせぇんだよ」

言葉とは反対に、その表情は変わらず優しい。

「お前、喋りすぎ」

ふっと小さく笑うから、また心臓が跳ねる。

「聞いてんのか?」

聞かれて、身体が小さく跳ねる。
言葉をなくしたように黙ったままの私を、彼が可笑そうに窺う。


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