十番隊の三席くん | ナノ
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「戻りまし……ちっ」

席官の詰所から戻れば、松本が長椅子にごろりと寝転がっている。
書類整理をする副隊長が相槌を打ち、寝転がった松本は煎餅片手にげらげら笑う。

「おい松本、此処で寛ぐんじゃねぇ」
「ちょっとくらい良いじゃないですかぁ。けちぃ」
「煎餅を食うな、零すな、寝転ぶな」
「もぉ、小姑みたいなんだから」
「何だと?」
「まあまあ」

唸るように言うと、副隊長が仲裁に入る。

「まあまあ、じゃねぇよ。あんたが注意しないでどうする」
「ごめんごめん。本当にさっき来たところなのよ。もう用は済んだから。はい、乱菊。宜しくね」
「はぁい」

松本が起き上がり、書類の束を受け取る。

「じゃあ仕事終わったら、この間の居酒屋ね」
「はいはい」

鼻歌を歌いながら執務室を出て行く松本を、副隊長は笑って見送る。

「また飲み会っすか」
「今日は捗るよ。重要な書類渡しといた」

書類をとんとん揃えながら、ふふ、と笑う。

「そうじゃなくて、あんたも行くのかって」
「え?うん、行くよ」

「当たり前じゃない」と答える彼女は、酒は一滴も飲めない甘党だ。
酒が飲めない癖に、誘われた飲み会は殆ど出席している。
酔った連中の中に一人だけ素面で、一体何が楽しいんだか分からないが、彼女を飲み会に誘う死神は多い。
彼女の変わっている、理解不能な部分の一つだ。

「今日はね、この間と同じお店らしいんだけど、あそこの白玉善哉が美味しくて美味しくて!最近は居酒屋でも甘味に力入れてるんだよ。楽しみだなぁ。今日はギンの奢りだし」
「何?」

今、何て言った?

「善哉がね、」
「善哉はどうでも良い。その後っす」
「え…ギンの奢り?」

彼女の口から出た名前に、眉間の皺が深くなる。
この間の一件以来、益々市丸が気に食わない。
あんな分かりやすい挑発に反応した俺も俺だが、あいつは何を考えているのかよく分からず、気味が悪い。

「どうかした?冬獅郎も行きたい?」
「…別に」
「良いじゃない、偶には行こうよ。ギンの奢りだから、好きなもの好きなだけ頼んで良いんだよ」

行きたいのは嘘ではないが、いつの間にか俺も参加することになっている。

「よし、定時に上がるぞー!冬獅郎も頑張ろうね」

この人はいつもそうだ。
俺はいつも、この人のペースに呑み込まれて、流される。

「…はい」

俺が終わらせずに残業になれば、彼女も恐らく残業するだろう。
そうしたら、飲み会には行かないかもしれない。
そんなことが一瞬頭を過ぎったが、俺は定時に終わらせることを選んだ。
彼女が楽しみにしていたから。

「討伐もなかったし、今日分の執務は終わったし、今日は美味しい善哉が食べられるね」

普通そこは、"美味い酒が飲める"だ。
定時を一時間程過ぎたところで今日の仕事が片付き、副隊長に引っ張られながら居酒屋を目指す。

「あ、桃ちゃんも誘った方が良かったかな?」
「は?何でそこで雛森が」
「私ったら気付かなくてごめんね!」
「いやだから、雛森は」
「もう善哉で頭一杯だったんだよねぇ」

駄目だ、聞いてねぇ。
時折この人は、酔ってるんじゃないかと思うことがある。

「遅いわよぉ!」
「ごめんごめん。これでも早く終わらせて来たんだから」

居酒屋に着くなり、彼女を見つけた松本が口を尖らせる。
こいつは本当に仕事を終わらせてきたんだろうな。
小上がりには、既に市丸、松本、吉良、阿散井が揃っている。
市丸が部下の吉良を気に入ってよく連れていて、阿散井は吉良の同期だ。
松本も二人を気に入っているらしく、今日は編集業務で来れなかったが、檜佐木と、斑目、綾瀬川も一緒によく飲んでいるらしい。

「あら、三席さんやないの」
「…ども」

俺を見て、また気味が悪い薄ら笑いを浮かべる市丸。
やっぱり気に食わねぇ。

「えへへ、連れて来ちゃった」

俺の頭に手を置いて、彼女が笑う。

「ギンの奢りだもん、人数は多い方が良いでしょ」
「意味分からへん」

市丸と松本の向かいの席に彼女が腰を下ろし、俺もそのまま引っ張られて座る。

「冬獅郎は私の隣ね。補佐だから」

意味が分からないが、取り敢えず従っておく。

「皆んな本当に定時?何か既に出来上がってない?」

彼女の言う通り、市丸以外は既に頬が赤い。

「それじゃあ、改めて乾ぱーい」

ジュースの入ったグラスを少し差し出せば、遠慮なくがちゃんとグラスを当てられる。

「三席さんは、オレンジジュースがよう似合うてはるなぁ」

お茶を頼もうとしたが、副隊長が勝手にジュースを注文したのだ。
それを見ていた筈なのに、やはりむかつく奴だ。

「今日もお疲れ様」

俺のグラスに、嬉しそうに自分のグラスを当てると、彼女はオレンジジュースに口を付ける。

「はぁ、今日も美味しい!冬獅郎、何頼む?私はねぇ、まずはこれとこれと…あ、冬獅郎、卵焼き食べるでしょ」

頷くと、「大根おろし追加してもらおう」と、彼女が嬉しそうに笑う。
俺の好物を覚えていてくれたらしい。
視線を感じて顔を上げると、斜め前に座る市丸がこちらを見て薄笑いを浮かべている。
この間の挑発が、俺の気持ちを知ってのことなのかは分からないが、この男は妙に鋭い。
隙を見せ、本心を悟られてなるものか。

考えを巡らせている間に、次々に料理が運ばれて来て、店も席が埋まり騒がしさが増す。


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