十番隊の三席くん | ナノ
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「副隊長、七番隊からの――、…まったくあんたって人は……」

扉を開けて入って来たのは、我隊の三席。
前途有望の、期待の天才少年。
私をその翡翠色で捉えるなり大きな溜息を吐き、眉間の皺を深くして、書類を抱えながら此方に歩いてくる。

「こら、上官に向かってあんたはないでしょう」
「勤務中に書類の上で菓子食ってる人が、何言っても説得力ないっすよ」
「だってお腹空いたんだもん。食べる?」

先日京楽隊長にいただいた饅頭を彼に差し出せば(因みに食べかけ)、彼は更に眉間の皺を深くしてまた溜息を吐いて「朝飯食ってこないからでしょうが」と呆れたように言う。

「こらこら、そんなに眉間に皺寄せてると取れなくなっちゃうよ」

人差し指で彼の眉間を突けば、彼は心底迷惑そうな顔をして、

「誰の所為だと思ってるんすか」
「え、誰?私の可愛い部下の眉間にマリアナ海溝並みに深い皺を刻ませたのは誰よ?!」
「あんただろうが!」

そう怒鳴って、眉間を突く私の手を払いのける。

「ははは、相変わらず鋭い突っ込みだなぁ」
「笑いごとじゃねぇっす、大体あんたはいつも、」
「分かった!私が悪かったから朝からお説教は勘弁して」

彼のお説教は適確過ぎて何一つ反論出来ない。
慌てて彼の言葉を遮って、饅頭を口に詰め込んで、彼の持って来た書類を受け取る。

「え、あんあっあ?」
「……飲み込んでから喋って下さい」

ああもう、また溜息吐くんだから。
幸せ逃げちゃうよ。
饅頭を飲み込んで湯呑のお茶をぐいっと飲んで、口の中を潤す。

「で、何だった?」
「先日の七番隊との合同任務の報告書を狛村隊長から預かってきました。七番隊での処理は完了したんで、うちから直接一番隊に回して欲しいそうっす。それから、技局依頼の追加給金対象と思われる新種虚捕獲任務ですが、うちが任されたんで明日までに人選をお願いします」
「そう、分かった。ありがとうね」

書類に目を通しながら頷く。

「そう言えば、後任の引継ぎはどう?」
「…まあまあっす」

自分の席に戻ろうとする彼の背中に何気なく問いかければ、彼は此方を向いて、少しの間の後答える。

「……あまり進んでなさそうだね。三席の仕事は良いから、引継ぎを優先して良いよ」
「…そしたら俺の仕事は誰が処理するんすか」
「え、私」

「当たり前でしょう」と笑えば、彼が翡翠色を僅かに見開く。

「なぁに、何かおかしいこと言った?」
「…いや、あんたがまともなこと言うから」

まぁひどい。
これでも私は彼の上官だと言うのに。

「こら、またあんたって言ったね?それから私だって偶にはまともなこと言うよ」
「…そしたら、あんたの仕事は誰が処理するんっすか」
「え、私」

「当たり前でしょう」とまた笑う。

現在の十番隊は、隊長が不在だ。
副隊長に私、三席に彼。
そして先日、彼が隊長に昇格、就任することが決まった。
つまり、彼は私の部下から上官になるわけだ。
彼が何れ一隊、護廷を率いる立場になることは分かっていたし、そうなって欲しいと願っていた。
何せ彼は霊術院時代からずば抜けて才能があったし、十番隊に入隊してからも異例の早さで昇格した。
そんな彼を部下に持ててとても幸せに、誇りに思う。

彼が何れ上に上り詰める人物だと知っていて、分かっていたのにも関わらず、いざそれが現実のものになろうとしている今、困ったことに、私はそれを素直に喜べずにいる。
部下の成長や昇格を嬉しいと思うよりも、寂しいと言う感情が勝ってしまっている私。
いつだって部下の成長や昇格を手放しで喜んできたけれど、何故か彼のことだけは素直に喜べずにいる。

「それから、最近まともに寝てないでしょう。忙しいのは分かるけど、任務に支障が出たら困るから睡眠はきちんととらないと駄目。寝る暇もない程仕事があるなら、私に寄越しなさい」
「……何で、」

彼は驚いたように、今度は大きく翡翠色を見開く。
その翡翠色の下に浮かぶ隈は、最近彼が張り付けているもの。
彼は人を頼らない。
全部自分で抱えて、全部自分でどうにかしようとして、結局全部自分でどうにかしてしまう。

「部下のことだもん、分かるよ」

そう言って笑えば、彼は未だ信じられないようだった。
私は今まで彼にこういった類の話しをしたことがない。
いつか頼ってくれることを信じて、待っていたけれど。
やはり彼は自分から言えるような人間ではなく、恐らく彼の頭の中に誰かに頼ると言う選択肢は元よりないのだろう。


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