涙雨の逢瀬 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

花乃木家――中級貴族の中でも、それなりに地位と権力を持つ家。
それが、私の生まれた家だった。
唯、私の生まれは普通ではない。
父親は、花乃木家の当主、母親は、側室――つまり、妾だった。

当主と奥方様は政略結婚の後、蘇芳姉様を授かった。
その後何年も二人の間に子が出来ず、周囲に急かされ、夫婦仲は険悪なものになっていった。
世継ぎを欲しながら、立場と周囲のプレッシャーに耐えきれなくなった当主は、外の女に走り、過ちから子を孕ませた。
子が男であると医師から告げられると、当主はその女を側室に迎え入れた。
しかし生まれたのは、男ではなく、女だった。
それが、私だ。
性別の読み間違えは、時折あること。
妾と言えど世継ぎが生まれると思い、期待に胸を膨らませていた周囲は、慨嘆した。
その女――母親は、周囲からの嫌悪や侮蔑に耐えられず、私がまだ幼い頃、自ら命を絶った。
それから暫く経ち、当主と奥方様の間に、待望の世継ぎ、山吹が生まれた。

表向きは、私はこの家の二女であり、蘇芳姉様の妹、山吹の姉。
しかし真実は、私は妾腹であり、蘇芳姉様と山吹とは腹違いの姉弟である。
父親である当主とは血の繋がりがあるが、奥方様とは血の繋がりはない。
側室であった母親が死に、この家に置いておく理由のない私が何故今もここにいるのか――私が、死んだ母親に瓜二つだからだ。
母親は、美しい女だった。
当主はその美しさに惚れ、母親に手を出した。
母親は、既に没落した下級貴族の家の出だった。
貴族の娘には、その家にとって良い結婚をするという役目がある。
私はそれに大いに使えると、当主と奥方様は判断した。
この容姿の私を、貴族の男は放っておかないだろと、良い条件で嫁がせることが出来、この家の存続、繁栄の為の道具になるだろうと、そう判断したのだ。

蘇芳姉様は、年を重ねる毎に病弱になっていき、最近では殆ど床に伏せている。
私は、幼い頃から姉様が好きだった。
妾腹の私を奥方様が好くわけがなく、まるでいない者のように扱われ、それは父親である当主も同じで、まともに会話すらしたことがない。
姉様は、孤独だった私を、唯一受け入れてくれた人。
私の生まれを全て理解していながら、それでも妹として接してくれる。
そんな人を、大切に思わないわけがない。

それは、山吹も同じ。
まだ幼く、私の生まれを知らないであろう弟は、私を姉として慕ってくれている。
待望の世継ぎである山吹は、とても厳しく育てられている。
私が注がれるかもしれなかった愛情を、期待を、希望を、全部、一心に注がれている。
奥方様は、私は勿論、"病がうつるから"と蘇芳姉様とも、山吹が接触することを嫌悪している。
何も知らない山吹がいつか全てを知った時、きっと私は幻滅され、嫌悪されてしまうだろう。
それが、とても怖く、悲しい。

私は、当然だが奥方様にも、父親である当主にも、蘇芳姉様にも、山吹にも、誰にも似ていない。
私の容姿は、母親に瓜二つだ。
それがとても嫌で、憎く、恐ろしい。
この容姿の所為で、不本意に男に好かれ、その度に奥方様や使用人達の私に対する嫌悪が増す。
何もしていないのに、勝手に好意を持たれ、嫌悪される。
この容姿が憎くて堪らず、しかしこの容姿のお陰で私はこの家に置かれ、生き延びている。
まるで呪いだ。

妾腹である私を、過ちから始まり希望を奪った私を、家に置いてもらい、ここまで育ててもらい、充分な衣食住を与えてもらえていることに、素直に感謝している。
この家から出ても、私は生きていけない。
何の能力も持たない、自分の身すら守ることの出来ない私は、直ぐにのたれ死ぬだろう。
この家がなければ、私は生きてはいけないのだ。

これまで、悲しいこと、苦しいこと、辛いこと、数え切れない程に沢山あった。
けれど私は、決してそれに屈しなかった。
負けたくない、逃げたくない、母親のように、惨めに死にたくない。
勝手に私を産み、勝手に死んだあの人を、私は嫌った。
私を捨てて一人で逃げたあの人を、私は憎んだ。
あの母親のようにはなりたくはなくて、絶対になりたくなくて、私は懸命に生きてきた。
何を言われても、何をされても、私は背筋を伸ばして、顔を上げて、真っ直ぐ前だけを見て、目を逸らすことなく生きてきた。
今までも、これからも。


何も知らずに息をしたい




| 戻る |