涙雨の逢瀬 | ナノ
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婚儀は嫁ぎ先の家で行われる。
山吹に嘘を吐いて、あの家を出て来た。
帰って来ると、そう言えば、山吹は笑って送り出してくれた。
あの家にもう戻ることはないだろう。
戻る――その言い方が、正しいものかは分からないけれど。

初めて着た白無垢は、窮屈で、重くて、白くて、まるで枷のように思えて。
開始の時間を待っているのが、まるで死刑の執行を待つ囚人のように思えた。

「……?」

部屋の外が騒がしくなる。

「貴方様は…!?」
「困ります!只今から婚礼の儀を――」
「当主にお知らせしろ!早く!」

何――騒がしさが大きくなって、椅子から腰を上げる。

「?!」

部屋の襖が、勢い良く開け放たれる。
立っていたのは男だった。
中性的な美しい面持をした、黒髪に白い肌の、知らない男。
その頭に付いている髪飾りは、牽星箝。
貴族の中でも限られた者しか着用を許されない、それ。

「……!」

そこで、気が付く。
この霊圧を私は知っている。

「う、そ……」

どうして、あなたが。

「朽木様!」
「朽木様、何事でございますか…?!」

使用人達が部屋に入って来て、男をそう呼んだ。
くちき――その名は、

「蓮華」

男は、確かにそう言った。
私と、彼だけが知る名。
その名を、確かに口にした。

「紫蘭、なの……?」

男は答えず、私の手首を掴む。
驚く暇もなく、男は歩き出す。
まるで引きずられるように、訳も分からず、されるがまま。

「朽木様!何事でございますか!」

紋付袴を着た、これから夫となる男が、血相を変えて走って来た。
それを目にして、初めて朽木と呼ばれた男が足を止めた。

「この女は、兄が思っている程淑やかで慎ましい女ではない」
「は…?」

その場にいる誰もが、私も、目を見開いた。

「この私を天然ぼけ、ずれている等と罵る女だ」

まさか。
確かに、私はいつかそう言ったけれど。
名前も、言葉も、私と彼しか知らないこと。
では、本当に彼が――?

「それに、こやつは兄如きが娶れるような安い女ではない」

私の手首を握る手に、力がこもった気がした。
知っている、この手を、この温もりを。

目の前の男が歩き出す。
混乱する頭で、どれだけ考えても分からない。
余りの情報量に眩暈がした。
どうして彼が、どうして朽木が、どうして貴方が。
傘もない、雨もない、陽の光の中で初めて見た彼は、とても凛々しく、美しく、眩しい人だった。
想像よりずっと、ずっと、美しいひと。


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