「栄口、手ーつなごっ!」


「やだよ」


「ガーンっ!即答かよ!!」


ここをどこだと思ってるんだよ、ここを!!

そう言ってそっぽを向きながらそっとため息をつく栄口を、水谷は不思議そうな顔をして覗き込んだ。


「教室?」


「そーだよ、教室だよ!」



うーん、と考え込む水谷に栄口はだんだんと歯がゆくなって、思わずぺちっと水谷の形のいい額に手刀を振りおろした。


「いてっ!!なにするんだよー」


ぷくぅ、と頬を膨らまして拗ねる水谷すら可愛く見えてしまうなんてもう末期だな自らにもため息を吐きつつ、水谷が欲しがっていると思われる答えを言ってあげる。


「TPOを考えろっていってんの」


「てぃーぴーおー?」


なにそれ、と首を傾げる姿はもちろん演技には見えず、

ああまったくこいつはどこまでバカなんだよとか考えたところで

そういえばRICEのことも知らなかったんだと栄口は頭をかかえた。



「…時、場所、場合。暑いときに長袖を着ようと思う人なんていないだろ」


「ああ!教室で手をつなぐ人なんていないってこと?」


「そういうこと」


「じゃあ、屋上でつなごうよ…あっ!屋上ならチューもできるね!!」


やっと言葉が通じた、と安堵の息をつく暇もなく水谷はさらに空気を読まない爆弾という名の発言を投下してくる。

誰かに聞かれたらどうしてくれるんだ、と焦る俺の身にもなってみろと栄口は少し恨めし気に水谷を見た。

…当の本人は相変わらずのふにゃふにゃとした笑顔だったが。




「学校ではだ、め、っていってんの!!」


「え〜。そんなのないよー」


「なくない」


「じゃあさあ、学校じゃ無かったらいいの?」


「え…?!」








そういえばこいつはこんな奴だった。

栄口は少し前のことを思い出して苦笑いとも泣き笑いともいえないような顔をした。












それは2人が付き合いだして、一線を越えたあたりの頃のことだった。







栄口は水谷と部活の帰り道に公園に寄ったことがあった。

そして、ベンチに座り、2人で他愛のない話をして。

ふと目が合って、お互い吸い寄せられるようにキスをした。














…そこまでは良かった。




夜で、人気のない公園だったし、キスをしたことは、栄口自身にも責任がある。



しかし、あろうことか水谷は続きをやりだしたのだ。


栄口も抵抗したが、体中に這い回る手に力が抜けていき、ついに水谷はベルトに手をかけた。









その時、幸運か不幸か。

人の足音が近付いてくることによって水谷は理性を取り戻し、栄口はその危機を免れた。








そしてそのときした約束。


”公園ではキスをしない”


その後に、水谷は”じゃあさあ、公園じゃなかったらいいの?”


と例のごとくあのセリフを言ったのだった。












「…栄口?」


口元に笑みを浮かべながらぼーっとしているのを不思議に思い、水谷が声をかけてみるとハッとしたように栄口は目を見開いた。



「あ、ごめん、ぼーっとしてた」


「別にいーよー」


栄口が謝ると、頼りなさげにほにゃほにゃと水谷は笑った。






「あのさ、さっきの話だけど…。家以外駄目な」


「…………、








嫌だ

















「っな、…」


先程まで笑みを湛えていた水谷の目が、少しだけ冷たくなっているのを感づいて栄口は口を噤んだ。





















「……家でも、家族がいたら駄目なんでしょ。でも家族がいないときなんて殆ど無いじゃん。


じゃあ、いつ出来るの?


俺だっていろいろ気を付けてるよ?



キスとかする前だってちゃんと人がいないか確認してるもん。


手、繋ぐ位なら友達でもするよね。



それなのに、駄目、駄目ってばっかり言ってさ。




栄口は俺が何も考えてないとでも思ったの?









―――――それとも、そんなに俺とそーゆうことするのが嫌なの?









…本当に、俺のこと好きなの―――――――――――?





















ざばりと







冷水を頭からかぶせられたかの様な感じがして












さぁっと頭から血の気が引いていくのがわかった





目の前がグワングワンと回っている









違う、違うよ水谷…



俺は怖かっただけなんだ



周りの視線が、偏見が











「ちが…」





やっとの想いで絞り出した声は、無残にもチャイムの音によって掻き消された。



















「俺、教室戻るね…」














最後に見た水谷の目は冷え切っていて






栄口は一人、意味もなく目を反らした


















叩きすぎた石橋
























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